▼SCENE5「枯れた涙」

炎が舞う度に彼女が怯えている。心の奥底の触れてはならない琴線に触れてしまいそうで、シズクは雪絵に手を伸ばすことを反射的に躊躇った。
その数秒のうちにミゾレがナルトを振り払い、今度こそ正確に雪絵に狙いを定め 鋼鉄の腕を放つ。先程の縄とは違い、敵も手段を選ばなくなってきていた。
しかしたとえ自分それでも何があっても雪絵を守り抜く、第7班は船上で、そう確認しあったではないか。雪絵を守らなくては。サクラは迷うことなく雪絵の前に身を投げ出した。

「サクラちゃん!!」

サクラが雪に沈み 雪絵もまた崩れた。
状況は決定的な劣勢となった。カカシは戦いから身を引こうとするが、ナダレがそれを許さない。

「お前の相手はこっちだと言っているだろう 氷遁・一角白鯨!」

足元に亀裂が入り、激しく揺れる大地。氷面の塊がやがて巨大な氷の鯨と姿を変えた。見るも美しき一角の白鯨。巨体の巻き添えを食えばひとたまりもないだろう。

「なるほど 大した術だ。だったらこっちも」

ナルトたちに向かって声高に指示を下す。「皆を連れて逃げろ!」指先では印を結びながら。はたけカカシを"コピー忍者"たらしめる写輪眼の真髄 とくと御覧あれ。

「氷遁 一角白鯨!」

「相変わらずのコピーか。同じ術では決着がつかんぞ!」

「決着か…すまんが期待には応えられそうもない」

「何!?」

寸分違わぬ形をした二体の鯨がぶつかり合えば、勝敗もなく白鯨たたは横倒しに傾いた。巨体は青白い影を落として氷山を崩し、地鳴りを轟かせて地氷をも砕く。
雪塵に飲まれたナダレの視界が回復する頃には既にカカシを姿はなく、標的を乗せた船は大波に揺られて沖へと向かっていた。


「す…すごい絵が取れたなァ…」

* * *


港に船が到着し、撮影班は寒さに身を縮めながら銀世界に降り立った。
凛と張りつめた空気。
空からは綿雪が舞い始めていた。

「三太夫さん。アナタ知っていたんですね」

「はい」

船内の会議室では 訳知り顔の三太夫が監督、助監督と木ノ葉の忍たちを集めていた。

「彼女が雪の国に帰ってきたらどんな事態になるか 予想出来た筈だ」

「姫に…」

カカシの詰問に、今度は心を決めて 三太夫は雪絵を姫と呼ぶ。

「姫にこの国に帰ってきてもらうためには、こうするしかなかったんです」

「三太夫のおっちゃん!あのねーちゃんが風雲姫なのは映画の中の話で、本物のお姫様じゃねーってばよ」

「本物のお姫様なんだよ」

「え?」

「女優・富士風雪絵とは仮の名。本当はこの雪の国のお世継ぎ 風花小雪姫様なんだ」

「ええっ!?」

ナルト、サクラ、シズク、さらには助監督までもが驚愕し三太夫を見る。

「私がお傍におりましたのは、姫様がまだご幼少の頃でした。覚えていらっしゃらないのも無理はありません」

「三太夫さんも雪の国の人だったんですか!?」

「左様。先代の御主君であった風花早雪様に仕えておりました」

閉じられた瞼をスクリーンに、記憶は鮮明に蘇る。

「雪の国は小さいながらも平和な国でございました…」

遥か十年前の雪の国。
雪の舞い散る中、幼い我が子の手を引く名君・風花早雪。
三太夫たち家臣は、その光景をあたたかく見守っていた。厳しい風土に暮らしながらも、静かで平和な日々だった。
しかし、雪の国の安泰は早雪の弟・風花ドトウの謀反によって突如として終わりを告げることになる。
ドトウと雪忍の襲来により早雪は命を落とし、風花の城は無惨にも焼け落ちたのだ。

「姫様もお亡くなりになったものとばかり思っておりました……映画に出演されていた姫様を見つけた時、どんなに嬉しかったことか!よくぞ…よくぞ生きていてくださったと…!」

こぼれ落ちる涙 声を震わせる三太夫。――しかし。


「あの時死んでれば良かったのよ」


目覚めた“小雪姫様”その人が扉に凭れ、腕を組んで三太夫に対し冷淡に言い放つ。

「そんなこと仰らないで下さい!私たちにとって、姫様が生きておられたことは何よりの希望だったのです!」

「生きてはいるけど、もう心は死んでる。あの時以来…あたしの涙は枯れてしまった」

その言葉にばかりは、三太夫も口を噤む。
マネージャーと女優という形で再会を果たした雪絵は、心に深い傷を抱え続けていた。自分が雪の国の人間と明らかにすれば彼女の顔が苦悩に歪むと知っていたからこそ、今の今まで伏せてきたのだ。

「騙していた事はお詫びします!しかしこれも雪の国の民のため」

三太夫は雪絵の前へ両手をつき 深く頭を下げた。

「小雪姫様!ドトウを打ち倒し、どうかこの国の新たな主君となって下され!!この三太夫、命に代えても姫様をお守りいたします!どうか我らと共に立ち上がって下され!!」

凍り付いた雪絵の心に三太夫の懇願は届かない。

「嫌よ。冗談じゃないわよ」

「し…しかし、雪の国の民は」

「そんなの関係ないわ!お断り」

雪絵はとうとう顔を背けた。

「いい加減諦めなさいよ!バカじゃないの?アンタがいくら頑張ったってドトウに勝てるわけないじゃない!」

「諦めろなんて気安く言ってんじゃねえよ!!」

バンと机を叩き、ナルトは会話に割って入った。

「このおっちゃんは、自分の命をかけて夢を叶えようとしてるんだ!!馬鹿呼ばわりするヤツはオレが絶対に許さねえ!!」

「ナルト殿…」

さらに、静観していた監督・マキノも言葉を添えた。

「諦めないから夢は見られる。夢が見られるから未来はくる。…いいねェ、風雲姫完結編にふさわしいテーマじゃねえか」

「か 監督!?まさかまだ撮影続けるつもりじゃないでしょうね!?」

「言ったろう。この映画は化けるって。考えてもみろ。本物のお姫さまを使って映画を撮るなんて、そう滅多にあるもんじゃねえだろう」

「そうか…話題性抜群!メイキングを出してもウケる…!これを公開したらヒット確実ッスよ!」

マキノの口車に上手く乗せられ、助監督も嬉々として手のひらを返した。

「ちょっと!」

「残念ながらもう選択肢は一つしかない。ドトウたちに存在を知られた以上、どこにも逃げる場所なんてない。戦うしかアナタが生き延びる方法はないんだ」

俄然として首を縦に振らない雪絵に、カカシの警告はとどめの一撃の如く放たれた。

「オッケー!任務続行だってばよ!風雲姫は雪の国に行って悪の親玉をやっつけるぅ!!」

「ふざけないで!!現実は映画とは違う…!ハッピーエンドなんかこの世のどこにもないの!!」


「んなものァ気合い一つでなんとでもなる!!!」

主演女優の横暴に口を挟んでこなかった監督が初めて雪絵の否定を制したことで、彼女は思わず閉口した。

「これだけの任務だと、一度里に戻ってもっと人数を集めるべきなんだが…」

「時間の無駄だ。こんな任務、オレたちだけで十分だ」

「皆様方…!」

「決まりだな。撮影を続行だ」

「ハッピーエンドの映画にしましょうね!!」

「おう!!」


拳を握る助監督とナルトの向こうへと、カカシは視線を流す。
一行の方針が固まっても不安要素は漠然と残っていた。
黙りを決め込んでも 決して雪絵は納得したわけではないだろう。うまく事が運べばいいのだが。

そしてもう一人。
このやり取りに一言も口出しせず、やや俯いているシズクがカカシには気にかかった。

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