▼苦しみから手を伸ばして

木ノ葉病室に他里の忍が姿を現すこと自体珍しいのに、それが砂漠の我愛羅であるから、尚更に空気が重くなる。

「リーさんに何か用?」

「そいつを殺す」

こちらへ向かって、我愛羅は音も立てずに近づいてくる。突き出された右手に促されるように、背の瓢箪から砂が意思を持っているかのように宙を舞い始めた。

「そこをどかないならお前も殺す」

「やめて。中忍試験の勝負はもうついてるでしょ?」

「試験の勝敗など関係無い。オレはただ他人を殺して生きるだけだ」

本気でリーさんとわたしを殺す気なんだ。この人の戦いぶり見てしまっているけど、恐れたら負けだ。負けてはリーさんを護れない。

「オレが恐ろしくないのか」

「あなたを怖がっても、何にもならない」

深い隈に縁取られた鋭い眼孔に、わたしは自分のこどもの頃を思い出した。
苦しみに答えなんて、出口なんてどこにもない。孤独の夜は、目に見えるもの全てをこわしてしまいたいほどに寂しかった。夜が明けないで、朝なんて来なくていいって。
それでも、闇雲に手を伸ばした先に何かがあるんじゃないかと信じてた。

「命を奪うことが存在価値?それは生きる理由にならない」

ベッドを背にして向き合えば、彼を殺気が針のようにこの身を襲った。そして砂は着実にわたしたちを包囲し、ベッドの縁を伝ってリーさんとわたしの首元まで来ていた。
恐れちゃダメだ。
抵抗せず、拳を堅く握ったまま、我愛羅の目をじっと見据える。すると、突然、我愛羅は頭を両手で抱え込んだ。

「くっ……」

「痛むの?」

「……」

「……苦しいの……?」

「黙れ…!」

血走った瞳を見開いた我愛羅は、冷静さを欠いていた。
この人にはまだ、交渉の余地があるかもしれない。砂がまとわりついているのにも構わずに、わたしは一歩踏み出してみる。

「我愛羅、」

「近寄るな!」

「……っ!!」

歩み寄ると、砂が容赦なくわたしの首めがけて迫り、強く締め上げた。

「うぐっ!!」

人の握力に勝る力で喉を圧迫されて、たちまち酸欠で頭が朦朧としてくる。幸いにもリーさんはまだ攻撃を受けてないことに安堵した。

「わたし、あなたに似た人を、よく知ってる……」

首から頭へどくんどくんと強く脈打つのを感じた。頭が酷く痺れる。隔離されてるみたいに音が遠くなる。

「げほっ、ほんとは……怖い、んでしょ…自分を受け入れてくれない人たちから、愛されたいって思っても……憎むほうがずっと楽だもんね」

圧力がさらに増す。
指先の感覚がなくなってきた。
でも抵抗しちゃだめだ。だけど、力で抗っちゃだめなんだ。

「死ね!!」

でももう限界だった。昔わたしが抱えた苦しみで埋め尽くされたこの人を、救うことはできないのかな。
わたし、ここで終わるのかな。

「が、あ……」


「しってるか?こいつ捨て子なんだぜー」

「とーちゃんもかーちゃんもいない、ひとりぼっちなんだってさ!」

「ほんとに木ノ葉の人間なのかも怪しいよ」

「なんか気味わりー 近づくなよ」

「よそもの!」

由楽さんがいなくなってからはよりいっそう、わたしは里の人達から距離を置かれるようになった。
けんかじゃ男の子にだって負けたことはなかったけど、よそもの、と放たれた言葉は氷の剣みたいに胸の奥に刺さった。
黙り込んだわたしを冷やかそうと、男の子たちがつめよってくる。くやしくてくやしくて泣き出しそうで、逃げたかった。

「男のくせして女泣かしてんじゃねーよ、めんどくせー」

ひとりじゃなかった。そういって助けにきてくれる人がいたから。あのとき、真っ暗の中に一番星みたいな光がさしたんだ。



「てめー、こんなとこで何しようとしてんだ!!」

―――――そう、今みたいに。

病室に飛び込んできたシルエットに、涙が出そうになった。
シカマルが影真似で我愛羅の動きを封じ、ナルトが殴りかかった。わたしを捕らえていた砂はサッと引き、急に解放された反動で体がバランスをとれずに崩れる。

「シズク、無事かよ!!」

「げほっ、えほっ……大丈夫、平気」

「てめー!ゲジマユとシズクに何しようとした!」

「殺そうとした」

「何ぃ……!」

問いただすナルトとシカマルに、我愛羅は、邪魔すれば殺すと冷酷に脅しをかけた。

「もう一度言う。邪魔をすれば殺す」

「お前なんかにオレは殺せねーよ!オレは本物のバケモノ飼ってんだ。こんな奴には負けねー!」

「……バケモノか。それならばオレもそうだ」

「……?」

「最強の忍となるべく 父親の忍術で砂の化身をこの身に取り憑かせて 母の命と引き換えに生まれてきた。オレは生まれながらのバケモノだ。守鶴と呼ばれ茶釜の中に封印されていた、砂隠れの老僧の生き霊だ」

ナルトの中に九尾の妖狐が封印されていると 死の森ではじめて知ったけど、他里にも同じような人がいるなんて考えもしなかった。

「生まれる前に取り憑かせる憑依の術の一つか。そこまでするとはなイっちまってるな。へっ……それが親のすることかよ。歪んだ愛情だな」

「愛情だと?お前たちの物差しでオレを測るな。家族……それはオレにとって、憎しみと殺意で繋がるただの肉塊だ」

「!」

「オレは母親の命を糧として、里の最高傑作として生み出された。風影の子としてだ」

「父親に忍の極意を教えられ、過保護に甘やかされ放任されて育った。それが愛情だと思った……あの出来事が起きるまではな」

「いったい何があったんだってばよ!?」

「オレは六歳の頃からこれまでの六年間 父親に幾度となく暗殺されかけた」

「え?」

「強すぎる存在は得てして恐怖の存在になる。オレは里の切り札でもあったが……同時に恐ろしい危険物でもあった。丁寧に扱われていたに過ぎなかった。奴らにとって今では消し去りたい過去の遺物だ」

我愛羅ははじめて、わたしたちに向けて己を語る。
何のために存在し生きているのか。答えを求めた彼は、自分以外すべての人間を殺すために存在することを選んだ。自分を狙う暗殺者を殺し続ける事で、生きている理由を認識出来るようになっていったのだと。
わたしには、シカマルやおじさまやおばさまがいてくれた。だからあの人がいなくなってからも大丈夫でいられた。でも、我愛羅は、大切な人から裏切られ続けて、いまもひとりぼっちでいるんだ。

「自分の為だけに戦い自分だけを愛して生きる。この世でオレに生きている喜びを実感させてくれる。殺すべき他者が存在し続ける限り、オレの存在は消えない」

シカマル以上に、ナルトは戸惑っていた。自分と同じであり全く違う道に進んでいる我愛羅に畏怖を抱いたみたいで、体を強ばらせてじりじりと後退りしていた。
我愛羅の砂が再び迫る。

「さあ……感じさせてくれ」

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