というわけで、といってもどういうわけかを説明すんのはめんどくせーから省略するが、最終的には卑留呼の謀略を阻止出来たオレたちは、無事木ノ葉の里に帰ってきたのだった。
他里との緊迫関係も取り敢えずは解消されて一件落着。
但しこっちの件を除いては。
窓から舞い込む風は、さらさらと薄いカーテンを膨らませる。快晴。雲も泳ぐいい天気だ。久しぶりの穏やかな日中だってのに、気に食わねェことがある。
カカシ先生は手甲付き手袋をはずし、リンゴを剥いて均等に切り分けた。この人が日常の動作をしてることに違和感がある、っていうと些か失礼かもしれねーけど、見慣れねェ光景だ。
一片がフォークにつきささる。
先生の顔半分は口布で覆われてるわけで、食べるのは無論本人ではない。
「はいシズク、あーん」
ちょい待ち、今のナシ。
「何してんすか」
「何って、見ればわかるでしょ」
「何でカカシ先生が食べさせる必要あるんすか」
カカシ先生はといえば、「え?オレがシズクにあーんして食べさせてあげるの当たり前でしょ」と至極当然のような顔をしている。
めんどくせーけど、百歩譲ってもそれアンタのポジションじゃないだろそれ。自分の彼女が入院して看病に来てるってのに、オレがまるっきり蚊帳の外ってのは納得いかない。
「まあまあ、そう怖い顔するなって」
帰還、貧血で倒れたシズクを無理矢理病院へ連行した。
心臓に穴開いたヤツにちょこまか動き回られちゃこっちが気が気でこっちの身が持たねェし、せいぜい数日は入院させる算段だった。
んで様子見に来たってのに、こんな朝早くから先客がいたってわけだ。
怖い顔って。そもそもカカシ先生、アンタが卑留呼の一件で余計な面倒引き起こしたからこうなってんだろーが。
つーか、シズク刺したのもアンタだろ。
「どうしたのシカマル?いつにも増して眉間のシワ深いよ?」
白い簡易ベッドの上ではシズクまでもが頓珍漢な発言をする。
「ね、早くリンゴちょうだい?」
お前もお前で食い意地だけかよ。その頭、筋肉で出来てんのか。
全くアンタらにゃ呆れてものも言えねェ。
「……ハア」
シズクがじたばた暴れ始めたので、オレはカカシ先生の手からフォークを奪い取った、とこまではいいが。
―――これを食べさせる?
シラフでやってのけようとしたカカシ先生恐るべし。
普通んな恥ずかしいことできねェだろ。
仕方なしにリンゴを自分の口に運んで行き場をなくしてしまえば、たちまち舌に酸味のある甘さが広がった。
「あ!それ私の!」
「食いたきゃ自分で食えよバーカ」
「ひどい!曲がりなりにも病人なのに」
「医療忍者が何で入院してんだよ。隊の後方支援が第一、まず最前線には出ないのがセオリーなんだろ?自分で破ってんだから、当然の報いだ」
「綱手様は、白豪の術を兼ね備えた医療忍者なら掟を破ってもいいって言ってたもん。…それに」
そこでちらりとカカシ先生を見てドヤ顔。
「“忍の世界でルールや掟を守らないヤツはクズだが、仲間を守れないヤツはそれ以上のクズだ”だよ!」
「忍道を屁理屈に使うなっての」
「う」
オレは辛辣な言葉で一蹴。
結局のところ、その第7班の教えが危機を救ったわけだが、オレは散々な役回りに遇わされたんだ。ちょっとは苦労汲んでくれてもいいだろ。
挙げ句、今回の一件でオレたち三人の曖昧な関係も変化するんじゃないかとちっとは期待してたんだが、相変わらずの延長線を辿るらしい。むしろ延長戦か。
いつになったら降参してくれるんすか。
「忙しいんじゃないんすか?カカシ先生」
「いやね、オレがシズクをキズモノにしたんだし責任取らないとさ」
「先生、それは誤解が生まれるよ!?」
「誤解してくれてもいっこうに構わないんだけどねえ」
「マジで上忍師おろされますよ、ソレ」
ベッドを挟み二人でしばらく檄を飛ばしあっていると、ほったらかされているのが不満なのか、真ん中で主悪の根源が口を尖らせていた。
「こうして見るとシカマルとカカシ先生って、仲良いんだか仲悪いんだかわかんないなぁ」
「……良いも悪いもねーよ、めんどくせー」
「ま、さしずめオレたちは似た者同士ってとこだね」
「そっか…似た者同士ね!なんか納得」
似た者同士、ホントにそうだ。
踏んだり蹴ったりな数日だったが、オレも一つ判ったことがある。
オレやカカシたちが四苦八苦手を打とうとしても、コイツやナルトは予定調和をブッ飛ばして新しく理屈を作っちまう。
二百通り先を読んでも、異分子相手じゃどういっても無理。
かないっこねェんだ。
忍の世界、一寸先は闇でも影は光がなきゃ生まれねェし、光には影がつきもんだ。
ナルトやコイツが無茶すんなら、それを陰で支える存在も必要ってこと。
多分オレの役目だ。
あいつら規定外だと少し前まで思ってたが、一緒にいりゃオレ独りじゃ辿りつけねェ場所まで行けるような気がした。
もう“棒銀”の手段に頼らなくて済む戦い方が。
ついカバーしてやりたくなってるあたり、感化されちまってんだろうな。最後の最後でいつも渋々受け入れるオレも大概アホだ。
向かいの椅子に座る上忍もおんなじ事考えてんだろう。
肝心のシズクがどう考えてんのかは、知らねェけど。
「今日いい天気だね〜」
いつも通りの風がそよぐ景色。
そよ風が木の葉を巻きこんでそっと運ぶ唯一の故郷。散々すれ違って蹴つまづいてを繰り返しても、結局オレたちはここに戻ってきちまうんだよな。
《日々是平穏なり》
忍ってもんはやっぱりめんどくせー。オレの理想はまだお預けみてーだ。道は途中でまだ何も確かなことはねェけど、掴みかけている。
笑ってる延長戦なら、それはそれで結構だ。
(完)