▼15 夜明けが答え
「諦めろカカシ。私に取り込まれるのだ…嵐遁奥義・嵐鬼龍!」
立ち込める嵐遁の暗雲はチャクラで無限に増幅する。
シカマルがさっき弱点と指摘した胸の傷を狙おうにも、例の左手の“吸穴孔”によってナルトの螺旋丸やカカシの雷切ですらチャクラとして卑留呼の元に還元してしまう。
並大抵の忍術で歯が立たないなら、どうしたら対抗できるの。
「大玉螺旋丸!!」
「フフ…全てはお前たちに返してやるさ!」
「ナルトォ!!」
螺旋丸を全て吸収した卑留呼は、吸収しただけチャクラを携えて一瞬でナルトの背後に現れた。
「大丈夫!?」
代わってカカシが雷切片手に駆け出していた。
「おう!クソ、やっぱあれっきゃねェ!」
ナルトの“あれ”が指す忍術が何なのかすぐにわかった。螺旋丸や雷切以上の忍術でなければ卑留呼は倒せない。
形態変化と状態変化、二つの側面で最高峰に立つナルトの新術であれば、卑留呼のチャクラ吸引も追い付かないかもしれないと考えたんだろう。
でも例の風遁は余りにも発動のリスクが高すぎる。
「あれは綱手様に禁止されたでしょ!?」
「んでも四の五の言ってらんねェ!腕はまた治してもらうからよ!」
「それじゃ今度こそ再起不能に――……」
言いかけて、閃く。
「そっか……私も一緒に行けばいいんだ」
「?」
「私がナルトの腕を守る!」
金環日蝕の怪しい光のもと、空に分厚い暗雲が立ち込め、地上には黒い雷雲が渦巻いている。
薄暗い。
私は青い空とか、高くにある雲とか、柔らかい風のほうが好き。このままにしておけない。
夜明け前が一番暗いってよく言うよね。
明日にはきっと流れが変わるはず。
「準備オーケー!」
私はチャクラを迸らせ、ナルトの背中に両手をあてた。
ほどなくして、影分身体の協力を得てナルトの片手には螺旋手裏剣が完成した。
キィン。チャクラが空を切る音がする。
「よーし、行くぜェ!!シズク!!オレの体頼むってばよ!!」
「了解!!」
深く微細なダメージを術者本人も被ってしまうなら、そもそも肉体の強度を限界まで高めて対応すればいい。ナルトの新術がどの組織をどう破壊するか、仲間の私は熟知してる。
シンプルな考え。一人で出来ないなら誰かがカバーすればいいだけのことなんだ。
ナルトが駆け出した。押し出すように、つられるように上空から雲を突き抜けた。灰色の世界に光がさす。
目指すは卑留呼だ。
「まだそんな術があったのか…だが言った筈だ!忍術など無意味だということを!」
慢心の卑留呼は左手の吸穴孔を翳す。
しかし、ナルトの術の密度の高さを前に、チャクラの還元速度は追い付くことはなかった。
「何ィ!?吸いとれない!?あり得ない!こんな術…絶対にあり得ないィィ…!」
「食らえ!風遁・螺旋手裏剣!!」
降り注ぐ斬撃の嵐。
高速回転する風のチャクラは微小な針と化し、卑留呼の体の表皮から神経細胞に至るまでを容赦なく貫くのだ。
やがてその体の奥深く、胸の傷へと達すると、卑留呼は内側から目映い青い光を放って破裂した。
ナルトの真骨頂、“風遁・螺旋手裏剣”は、卑留呼の内に溜め込まれていた膨大なチャクラと相まって、地形を変える爆発を起こした。
「……やった…やったってばよ……」
瓦礫の合間から顔を覗かせて呟いたナルトは、自らに怪我を負うことなく敵を倒したのだった。
そうして、灰色の空は青く晴れ渡る。
*
爆風が収まり嵐が去ると、太陽はいつの間にかいつもの姿を取り戻していた。
突き抜けるような青空が広がり、風も柔らかく頬を包む。
螺旋手裏剣で引き起こされた巨大な陥没の中心で、卑留呼はまだ立っていた。
若返りの術が解けたらしい。痩せ細った初老の姿の彼は、まるで初めて青天を仰いだかのように空に顔を向けていた。その表情は空虚で、やがて崩れ落ちるように倒れた。
とどめなど刺さなくとももうすぐ潰えてしまう命だ。まるで死にゆく自分を見送るような、そんな奇妙な感覚。
駆け寄って起こした卑留呼の半身はあまりに軽かった。
「お前を取り込んで完全体になれた筈だったのに…何が…いけなかった…」
「あなたは自らの弱点を補うために他人を切り捨て、たった一人で完璧になろうとした。…それが間違いだったんだ」
「それは所詮…強く生まれ育った者の論理だ。あの時私には仲間などいなかった…そう生きるしかなかった…」
「違うよ、卑留呼」
卑留呼の虚ろな焦点がオレから外れて宙をさ迷い、空の《匿名の何処か》を見つめていた。
まるで見えない誰彼かを、オレたちの周囲を取り囲んでいる誰彼かと会話するように。
「私がいたわ」
「オレもだのう」
「卑留呼よ、目を覚ませ」
「孤独を選ぶのではなく、仲間と繋がるべきだった。そうすれば、仲間があなたたちを助けてくれたはずだ」
「仲間…そうか…今度は…カカシ…、あなたも同じ過ちをおかそうとしたんだね…」
「ああ…オレも卑留呼、あなたと同じだよ」
安らかな表情と声に変わり、彼はオレが知っている、かつての物静かで穏やかな先輩のそれにようやく一致した。
握られた手が冷たく力無い。
「本当の意味で負けたのは…あなたじゃない。オレなのかもしれない。自分1人が犠牲になれば里を救えるのだと…仲間と繋がることを止めた。里にとって一番大事なものを犠牲にしようとしていた。オレのほうが…敗者なのかも」
あなたは独りで夜明けのまま人生を越えてきた。
けど、向き合うほんの少しの勇気があれば、きっと呼応した。まちがった答えも誰かが正してくれただろう。
「私は…私でも…繋がれたのか……仲間た…ち…と……」
勿論。
呟きは息を引き取る前に果たして伝わっていただろうか。
あなたとオレはよく似てる。
暗部やエリート上忍として数々の任務を遂行し、いつの間にか色んな名前がついていた。
千の術をコピーしたコピー忍者。写輪眼のカカシ。雷を切った云々。逸話の数々。
しかしこれらは決して、能力の高さとか、ガイのような血の滲むような努力に裏打ちされたものじゃなかった。
オビト、リン、ミナト先生やクシナさん。短期間に失い尽くして独りになったと錯覚した当時、オレはどこまでも自分を蔑ろにできた。
もう失うものがない以上、怖いものもなし。任務遂行率も完璧最高の結果が残せるのは至極当然だった。
斜に構えてた方が楽で、ひたすら自分を隠してきた。なんてちっぽけなものだろう。
これがオレの功績と見なされてるものの事実だ。
動かなくなった卑留呼を見つめていると、気づけば隣にシズクが立っていた。
「カカシ 知り合いだったんだね」
「ああ…」
どれだけ共有できる孤独があっても、この人が里や国にとって罪人であることは変わらない。
けれどあなたがオレに気付かせてくれた。
「古い友人だよ」
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