▼17 風がそよぐ 鈴は鳴る

地上は血みどろの戦場が幾重に広がる濡れ地獄。
でも誰かが傘をさしてくれれば居場所ができる。
それも悪くないな。

「カカシ先生!オレ、先生の教え守りきったってばよ」

傍らに寄ってきたナルトが鈴を差し出した。風に揺れ、ちりんと耳を優しくくすぐる鈴の音をこの手の中に包む。
もうとっくにお前はオレを越えてる。けどこの鈴を託すにはまだちょっと早すぎるみたいだから、お前が受け取れるようになるまでもう少しだけ預かるよ。

「忍の世界でルールや掟を守れないヤツはクズ呼ばわりされる。けど、仲間を大切にしないやつは、それ以上のクズだ」

オレはもうお役御免だと思ってたんだけど、まだこっちに来るなっていうんだな、オビト。
オレはまた破っちゃったけど、この弟子が言えばもっともらしい響きになるだろ。

「やっぱり お前似てるよ」

「えっ、なんだよ。なんか急にニヤニヤしてきもちわりーなぁ」

「……え?」

ナルトは何故か額に青筋を立てていた。え、オレとしては素直に顔を綻ばせたつもりだったんだけど。

「カカシ先生にこんな嗜好があったなんて…」

ヒナタが顔を赤らめる隣で、サクラもげんなりため息をつく。ん?気のせいかな、くのいちたちからの視線が針のように刺さるんだけど。

「なにィ?」

「時として同じドキドキを体験すると恋愛は生まれると書いてありますね。しかし男同士とは」

「おいおいマジかよ」

「え!そんな意味じゃな、」

「ガイ先生も言ってました。それも青春の一つだと」

「あなたたちってヤッパリそうだったんだ〜」

ちょっとキミたち何か勘違いしてない?

「うわああああああっもう、勘弁してくれってばよォ!!!」

からかってるのか、若い忍たちはありもしないことを口々に言う。くだらない冗談やめてちょうだいよ、当のナルトが真に受けてるんだからシャレになんないでしょ。

「ナルト、それ誤解だ!おいちょっと待て!」

「来んなァアアア!」

「ナルトォ!」

「いやだァアアア!!」

この身の毛もよだつような誤解を一刻も早く解かないと。逃げたナルトを追うオレ。一方、囃したてた同期連は我関せずといった顔で切り立った岩肌を降り、いそいそ撤収を始めている。ひどい奴らだ。

「そっかぁ、あのとき言ってた“新しい出会い”ってナルトのことだったんだ」

ナルトの後を追おうとしたオレの背中に、シズクの一言がぐっさり刺さる。とどめの一撃。悪意があるんだかないんだか。イヤ、悪意がないほうがたちが悪い。


「異性だろうと……お互い大切ならそれが一番だよね」

「ちょっと、お前まで誤解しないでちょうだいよ!」

お前にだけは誤解されたくないんだけど。くるりと踵を返し、オレはシズクの正面に歩み寄る。ちゃんと弁明しなくちゃね。

「シズク、」

「ナルトを追わなくていいの?先生」

“先生”か。
シズクがオレをカカシと呼ぶのは、特別なときだけ、オレの作った壁に踏み込むときの合図だ。さっきまでカカシ呼びだったのにすっかり戻ってしまっているということは、オレとお前は先生と弟子という元の線引きに直されたらしい。それを今日はもどかしく思う。

「ナルトじゃなくて、お前に話があるの」

「私に?」

「そ。……ナルトから聞いたよ。お前が神威に巻き込まれそうになってまで、オレを止めに来てたって」

シズクはこくんと頷く。

「そう聞いたときさ、お前と二人でなら、神威でどっか異空間に行っちゃってもいいかな……なーんて思ったりしたんだ」

「……先生…」

今までは傷を舐め合う関係だった。そもそもいつまでも一緒にいられるわけじゃないし、オレもいつか他の誰かを好きになるかもしれない。でも今はお前じゃないと、オレは灰になる。やっぱりお前にさよならは出来ないんだ。

手を繋ぐことだけが全てじゃないけど、独りじゃ見えない景色を見るために手を取り合いたい。
その風景では必ずお前が笑ってる。それだけははっきり見えるんだ。

「ひどいこと言って本当にすまなかった。でもオレはね…やっぱりお前のことを――――」

ぼす。

目を見張った。オレが腕を広げる前に、まさかの、シズクの方から忍者ベストに頭を押し付けるように飛び込んできたのだ。これはひょっとして
ひょっとするのか?

「…シズク?」

黙ったまんまだけど、両手を添えてもいいんだろうか。
その頬が真っ赤に染まってたらどうしよう、膨らむ期待を抑えきれなくて顔を覗きこんでみる。しかし予想とは真逆に、シズクの顔は真っ青で血の気が引いていた。 

「くらくらする…」

「え」

そう呟くなり、シズクはぐったりと目を回して意識を手放した。

「カカシ先生何してんすか!」

呆気に取られていたオレに対して、オレとシズクが二人で会話してるのを目敏くも盗み聞きでもしていたのかもしれないシカマルの、行動はやたらと早かった。


「サクラ!こっち来てくれ!」


サクラを引き連れて駆け寄り、素早くシズクの体を横たわらせるシカマルの動作、オレが知る限りシカマル至上最速だったと思う。
「どうだサクラ」

「心配ない。ただの貧血の症状よ」

「貧血?」

「怪我は問題なく完治してるみたいだし、血液流しすぎたのよ。大方、増血丸を内服し忘れてたんでしょ」

おそらくはオレが貫通させたであろう雷切のせいだ。卑留呼との戦闘も相まって粗雑な回復になってしまっていたのかもしれない。
サクラはテキパキと手慣れたもので、増血丸を砕いて水と一緒に飲ませ、シズクの体を温めるように外套を被せた。

「結構な重傷だったんだけど、ホントに貧血だけ?他に怪我の負荷とか、後遺症とかない?」

「カカシ先生 どうしちゃったのよ、そんな狼狽して」

「いや、その…」

「大丈夫よ。シズクなんだし。あとは放っといて回復するのを待つだけ」

「ったく、めんどくせーやつ」


見れば、シズクはすうすうと寝息を立て始めていた。良かった。否、オレが怪我をさせた張本人なんだし全然良くはないんだけど、穏やかな寝顔を拝めたらやっぱり安堵せずにはいられない。
シズクを起こさないように抱き上げようとすると、しかめっ面でシカマルが割って入ってくる。


「いいっスよ。オレが運ぶんで」

「でもお前も足怪我してるじゃない。それで背負って里まで歩くのは無理でしょ」

「かすり傷っすから」

「いやいや、ここはオレがおぶるから」

しばし火花が散る。笑ってしまう。シカマルの仏頂面は度を増していた。お前もこの子相手だと、こう年相応に意固地になるんだね。
多分オレも大人気なく同じような顔になってるんだろう。サクラのため息で想像に容易い。

「何笑ってんスか、カカシ先生」

やれやれ、折角伝えようとしたのに言いそびれちゃったな。

関係とは、あるとき急に形を変える。たとえば一度の約束で。
6年近く離れていたオレとシズクを縛っていた透明の鎖を、違う誰かならば絆と呼ぶのかもしれない。名称がなんであろうと構わないんだ。これからも傍にいられるなら。
背中で眠る彼女は、目覚めたらまた無邪気に笑ってくれるんだろうか。早く見たい。その温もりを噛み締めながら歩み出した。

なくしたものを指折り数えるのはとっくの昔に終わった。これからは、新しく出会う人を指をひらいて増やしていく。
風になって木立を揺らすのは、まだ先にするよ。
ちりん、ちりん
里への帰路、鈴を揺らすそよ風は、オレのための風だったかもしれない。

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