▼08 二つの“玉”
今でこそ言えるが、サスケ奪還任務でオレがサクラを隊員に加えなかったのは、単なる実力不足でも、サスケを説得出来なかったっつー理由だけでもなかった。
《サスケが国境を越えたら、サクラがその後をついてくんじゃねーか》ちっぽけな、ほんの僅かな可能性がオレの頭を過ってた。
女の心情は男のオレにゃ未来永劫判らねェ。だがいくらサクラでも好きな男追って里から消えるというのはまずあり得ない話なわけで。野暮な懸念だ。
つまり一因は、オレがうっすらとでもそう想定したこと、事実そのものにある。
だからサクラやいのは連れてけなかった。自然とコンビネーションを組めるチョウジ。能力を発揮するキバ・赤丸とネジ。そしてナルト。この五人で里を出た。
須弥山の頂へ続く山中で、こんなときにそれを思い出す。
途中何度もぐらりと体が傾いた。卑留呼の刺客で厄介だった起爆の羽。足が思うように動かねェのも、あれでかなりのダメージを食らっちまったからだ。
その上昨日から影真似の使いすぎでオレにゃ殆ど力が残ってねェときた。しっかりしやがれ。今も皆はあのバケモン必死で足止めしてんだ。オレの他にナルトたちを止める奴はいねェ、本当は面倒でもめんどくさがったりできねーんだからよ。
「…!」
霧に包まれた山中に思わぬ人物の姿があり、オレは足を止めた。
「我愛羅!」
忍里の影として、本来なら今頃国境付近で五代目と話をつけてる時分。何でここにいんだ。
嵐が去ったあとのような静けさの中、我愛羅は腕を組み、ナルトは行ったと端的に告げた。
「まさか お前が取り逃がすなんてな」
「自来也から聞いた。理論的に考えて、カカシの作戦しか敵を倒す方法は無い」
「……その通りだぜ」
「しかしナルトと久しぶり手合わせして アイツの熱い心も届いた」
我愛羅がこうも饒舌に話すのがただ珍しい。
「何故なのか、アイツの諦めないド根性の忍道には一分の揺るぎも無い。ナルトの可能性に賭ける自来也の気持ちも判る」
こちらに顔も向けずに須弥山の方角を静観し、見えるのは重い瓢箪を担ぐ背中だけだが、表情なんざ見えなくても判る。笑ってるとなんとなく確信があった。そうだよな。お前もナルトに救われたんだもんな。
同じだからよ。
オレだって、口の端が持ち上がるのを止められねェから、行かせたくなる気持ちはよく判る。
「心のままに動けるアイツが羨ましくなるときがある」
心のまま理想のまま駆け抜ける、雲のように自由な姿に憧れる。ナルトは風、そして雲。《アイツなら》そういつでもそう信じたくなる。
サスケ奪還も、暁討伐も、火影の夢も。アイツなら不可能を可能にできんじゃねーかって。
「しかし今はそんなこと言ってらんねェ」
今回は奪還任務のように失敗は絶対に許されねェ。失敗したとして、そのツケを払うことになるのは里の仲間たち。
こどもたちだ。
有り体に言うところの責任を丸ごと自分だけに引き受けられる保証がないなら、ナルトの理想もただの付け焼き刃だ。今の理想は現実に収められる閾値を超えた。
「オレはアスマから託された“玉”を……里の未来を担うこども達を守らなきゃなんねェんだ!」
今この瞬間にも里に火の粉が降りかかるなら拭い払う。オレは雲じゃなくて地を這う影だから、今の力じゃ理想は追えねェ。柵だらけで縛られてても、ちっぽけな力でも、今のこの手で里を守るためなら。
「オレがアイツらを止める。たとえ…殺してでもな」
「殺してでも…か」
傍らを通り過ぎる時、我愛羅はオレを遮ろうとはしなかった。ナルトの抑止力とならなかったこととは別の側面として、里長たる我愛羅はオレの考えもまた理解してるってことだ。
「お前のその言葉を聞けば……シズクは深く悲しむだろうな」
関係とは、あるとき急に形を変える。
たとえば一度の言い争いで。
「シカマルだって、これがアスマ先生だったらこうするでしょ!!?」
もし今のカカシ先生の立場がアスマだったら。オレは真っ先に追ったりしなかったろうな。過度な冷静さを以て論理的に倫理的に、感情を押し留めたに違いねェ。
暁の二人に接触したとき、アスマが提案した棒銀のプランを渋々受け入れたのと同じようにだ。
自分で言っておいてンな苦しそうな顔すんじゃねェよ、このお人好しが。
そう笑い飛ばしたかった。
それが出来なかった。
今でこそ言えるが、誰よりも傍にいたせいで、アイツの存在は友人や幼馴染みを越えて既に家族だった。もともとの家族がいなかった分、シズクの周りは穴だらけで、普通とは言い難い。限りなく近い曖昧な距離だった。
同時に、アイツに向けた感情が家族へのそれじゃないことにもオレはかなり初期に自覚してた。
めんどくせーが、そのままその場しのぎにならねェように、異常な関係じゃいられねェから正しく直した。これから先も傍にいるための処置だった。
ところがどうだ。アイツはどんどん離れていく。傷つけられてまでシズクがカカシ先生を追ってんなら、オレは止めなきゃならねー。この関係性にオレたちゃ慣れすぎてたんだろう。
考えたくなかったぜ。カカシ先生がきっかけで、仲間を、ましてアイツを手にかける日が来ようなんてな。
二つ“玉”があって、片手に一つずつ掴んでいる。どっちかを捨て駒にしなけりゃもう一方の“玉”すら奪われることになる。こんな非道なルールあるかよ。
果たしてオレに《リスクを冒してまで二つの“玉”両方を守る》という選択肢はあったんだろうか。
道すがら、ふと考えた仮定は今度こそ霧散していった。
- 389 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next