▼16 花丸合格
空高く胴上げされるナルトの笑顔、成長した教え子たちの明るい声が青空の下に響く。
それを遠巻きに眺めるシズクを、横目で見る。年頃の女の子の胸元を凝視するのはどうかと自分でも躊躇ったが、確認しなくちゃいけなかった。
ぽっかり丸く空いた彼女の忍装束の下には、血みどろの空洞ではなく、滑らかな肌が広がっていた。
治癒能力で傷が塞がったとしても、致命傷を負わせた事実は消えない。オレはシズクを殺すところだった。守るって決めたのに、これは償っても償いきれるものじゃない。
「シズク、すまない。お前のその傷――」
「そんなことはどうでもいいの」
どうでもいいとキッパリ言っても、シズクの口調にはかなり角がある。
「……ごめん」
「ごめんって何に?」
「その…怪我のことはまあもちろん、お前に言ったひどいこととか」
「他には」
「黙ってここまで来たこと……かな」
「ねぇカカシ、私の言いたいこと、ホントに伝わってない?」
盛大なため息。シズクはオレの肩を掴むと卑留呼から自分の方へ向き直させた。その動作にすら期待を抱いてしまう、こんな時だってのにね。
二十センチばかし低い頭を見下ろしているのに、叱咤する彼女は随分大きく見えた。
「あんな言い方されちゃ流石に傷付くけど、そんなことより、カカシがひとりで行っちゃったことの方がずっと悔しくて堪らなかった」
もしかしたらオレよりシズクの方が大人なんじゃないだろうか。
オレは突き放さないと離れられなかったのに、シズクは理不尽な扱いを受けてなお《そんなこと》と流す。
ただ大人になってもこんな風にまっすぐなのは変わらない。
だからオレはいつも詰問から逃げられない。
「カカシ、もうひとりにならないで。何処にも行かないで」
「……」
「私のこと守るって言ったのに、ひとりで無茶するなんてずるいよ」
出会った頃を思い出す。
遅刻して由楽の家に行くと、お前は窓辺で今か今かと待機してて、扉を開けたオレに一目散に突進してきたね。
あんまり遅刻しすぎると嗚咽を漏らしながら泣きじゃくって飛び付いてきたっけ。
約束はオレの方から先に破った。由楽の死後、向き合う余裕がなくて、オレはお前から逃げて。残ったのは見えない透明な鎖。
突き放されてもお前はオレを必要としていたから、お互い縛られることになった。
縛られたまま遠く離れて日々を過ごしていた。お前もオレも こどもだった。
素直に手を取り合っていればオレたちはこんなに難しい関係になっていなかっただろうに、いつからだっけ。この距離がもどかしくなり始めたのは。
でき得る限り大事にしたい。
その裏側で、めちゃくちゃに乱したいという衝動があるんだ。この関係は。
「オレはいつも残される側だったから、誰かの記憶に残るのは得意じゃないんだよ。お前にとって不要じゃなくなったらオレは楽になれる。お前の目に映らなくなったら、オレは今までみたいに気儘にやれる」
「残念だけど、カカシが要らなくなることは未来永劫あり得ない」
「オレがいなくなってもお前にはシカマルがいるじゃない」
これじゃオレ、完全なる僻みじゃないの。
「ごめん…私、カカシのことを振り回して 本当にひどい女だよね……でもね、形は違うけど、カカシのことは好きなの」
いつものシズクなら、オレの卑怯な口車に言い淀むところだったが、今日は違っていた。
「私はあなたを幸せにはできないけど……いてくれなくちゃ困る。カカシが幸せになってくれなきゃ、私もみんなも、木ノ葉の里だって幸せになれないんだよ」
今日、シズクはシズクの理屈で動いている。お前だってよくひとりで無茶するくせに、自分のこと棚にあげてない?
オレの立場や気持ちは勘定にいれられてはいないあたり、いかにも彼女らしい。こどものような言い種だけど、もう自分のことだけ考えてるわけではない。本当に大きくなった。
風が吹く度にオレは足を取られて諦めるのに、お前は孤独も寂しさも全部噛み砕くし、悲しみさえ吹き飛ばそうとする。
「カカシがどれだけ幸せから逃げても、その度に追うからね。こうしてみんなで」
シズクは涙声になり始めていた。
お節介だから、他人の愛し方以前に自分自身の愛し方を知らないオレのため、上手に泣けないオレの分まで涙を肩代わりしてる。
「約束して」
「……判ったよ」
悪い癖だよ。くだらない意地を張って、強がるだけ強がっても結局のところ空回りばかり。誰かと一緒じゃなきゃ大事な物も見つかりゃしないと、この歳になってようやく気づくんだから。
お前を好きになった理由、なんだったっけって時々考える。うまく答えが出ない。いいんだ。理由なんて 人を嫌いになるときだけでいい。お前への気持ちに理由はいらない。
好きな時に一緒にいて、
必要な時は護ってあげて、
要らないと言われたら離れて、
別れ際は突き放す。
……そんな関係で終われないな。
不満があったらぶつけ合い、
間違ったら教え合って、
何かあったら支え合おう。
孤独や悲しさから守り合うだけじゃなくて、喜びを分かち合うようになろう。
新しい関係になろう。
オレはいつも言葉が足りなくて三角。心は頑なだから四角。
それならせめてこの答えには花丸をつけてよ。今度は素直に言えそうだからさ。
「約束するよ。オレは自分を大切にします」
「…ごーかっく」
震える頭を撫でて苦笑いを向けると、シズクは鼻をすんと啜って、オレの真似をして茶化すように笑った。
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