▼13 呼んでる

眠りに沈むように深く重く静かに迎えるものだと、そんなふうに終わるんだと思ってた。
そのあとはどこまでも飛び、自由気儘に里の新葉を揺らすんだと。

「先生…先生…!」

でも どうやらそういうわけにはいかないらしい。やたらと騒々しいし平衡感覚も落ち着かないし、おまけに暗闇の中で弟子の声まで聞こえる。
最期は死んだやつじゃなくて生きてる人間に見届けられるのね。それじゃあ、走馬灯ってのも実際はナシなのかな。

今から存分に会えるから、別にいいか。


「カカシ…」

「しっかりしてくれよ 先生!目を覚ましてくれよ!」


オビト、お前によく似てる声たちだろ。リンや先生もそっちにいるんでしょ。
迎えに来てはくれないの。


それなら

「頼むから、カカシ先生、起きてくれよ!サクラちゃんとも約束したんだ!カカシ先生を守るって、約束を」


ああもううるさいんだけど。
あんまり揺らさないで。



そんなに大声出さなくたって聞こえてるよ、ナルト。


「どうしていつもこうなんだ……くっそォ!」


名前を呼ぶ声ははっきり聞こえる。
紛れもなく現実である証拠だ。

オレはまたしても死に損なったってことか。
もう二度と目を覚ますこともないって覚悟して別れたってのに。この期に及んでしくじったのか。

これで終わりにできないのね。


いざとなったら聞こえてくる嗚咽を無視できないんだから、オレも内心まんざらじゃないらしい。



「……おはよ…」

何事なく言おうとしたら、存外声が掠れていた。目を開くと、暗いのになんだか眩しい位に感じる。

「先生っ!!」

オレの右側では ナルトがほっと胸を撫で下ろした。背後からオレを支えるシズクの手に、やや力が込められたのも感じる。
夢じゃないかと思う。
こうしてお前たちの顔を再び拝めることになるなんてね。

「こんなとこで何やってんの 二人共」

「ったくもー!心配したってばよ!」

「カカシ、良かった…!」


笑顔になったナルトが、懐から徐に鈴を取り出してオレの目の前に掲げてくる。

「ほら、これ。直したぜ。カカシ先生に頼まれたから」


里を出る前にナルトに託していった、鈴。

「この鈴の教えに従って追いかけてきたんだ」

潰れて歪んでいたそれはきれいな丸みを帯び、ちりんちりんと心地よい音を耳に届ける。

「オレはカカシ先生の教えをぜってー忘れねェ。“忍の世界でルールや掟を守れないヤツはクズ呼ばわりされる。けど、仲間を大切にしないやつはそれ以上のクズだ”ってな」

「ナルト…」

聞こえたか、オビト。
お前がオレに教えてくれた想いは“次”にしっかりと根づき芽吹いている。お前の真っ直ぐなまなざしはオレの弟子に引き継がれてるよ。

「やれやれ……オレが生きてるってことは作戦は失敗だな」

笑っちゃうよ。その教えを半ば裏切ってここへ赴いたってのに、同じものに命を救われるなんてさ。

*


「フフ…礼を言うよ…」

卑留呼の笑い声が束の間の静寂を遮った。

「あのままなら私はカカシと共に飛ばされるしかなかった…しかしカカシの教え子が私を救ってくれたんだよ…」

金環日蝕は終わっていなかった。ナルトが“鬼芽羅の術”を滅茶苦茶にしたものの、本体はまだ息がある。フラフラと立ち上がる卑留呼は、天の利・地の利はまだ自分のもとにあると詠唱するかのように囁いていた。

「カカシ、お前を殺して人の利も取り込んでやる!」

彼が両手を広げた直後、赤いチャクラさ迸るように吹き出し、建物に亀裂を入れていく。どうやらここも危険だ。

「なんだ!?」

「逃げるぞ ナルト、シズク」 

「お、おう!」

ナルトは頷いて立ち上がったが、オレの背後で鈍い音がした。
シズクの上半身が傾いて倒れたのだ。

「シズク!?」

「う……」

苦痛に顔を歪めたシズクの胸元、一面の赤の染みは尋常じゃない広がりを見せ、ひどい有り様だった。さっきからシズクがやけに言葉少なだったのも、会話を成立させられないほどの激痛に堪えていたからなのだ。
目覚めたときオレはシズクに後ろから支えられて、だから気づけなかったというのは言い訳としては足りない。
彼女の胸のちょうど中心に空いた風穴に何故今の今まで気がつかなかった?
自慢の嗅覚を以てすれば察知できる筈だったし、自分の右手にこびりついた血塊を見れば一目瞭然だった。
オレは何してたんだ。

「カカシ…私を殺して!私は操られてる…」

守ると決めたのに、この空洞はあのときと寸分違わず同じものじゃないか。

「シズク…その傷オレが――」 

「大丈夫、死にやしないから」


むくりと起き上がった彼女は搾り出すような声で言う。ここでこれ以上言葉を交わす猶予はなかった。オレは彼女を抱き抱え、ナルトと共に爆風に背を押されるように城外へと飛び出した。



卑留呼の城は内側から赤い光の柱を吹き、オレたちが脱出した刹那、まるで映画のワンシーンのように木っ端微塵に爆発した。


「あいつら…やっちまったか!」

爆風に紛れて呟く声は恐らくシカマルだ。サイやサクラもいる。
ここへ来てるのはナルトやシズクだけじゃないのか。
突風に流されてくる石壁へ背を向け、盾になるよう体勢を低くして オレはシズクをきつく抱き寄せた。


「待つのだ……我が友カカシよ」

粉塵を否応なしに肺に吸い込みながら爆心地である城跡の山を見上げる。
一面灰色の世界から《呼ばれている》。


「さあ、私の一部となるのだよ」

こちらに気づき着実に歩み寄ってくる卑留呼は、何かを求めさ迷う子供のようだった。あの人はオレを、写輪眼の能力を諦めはしないだろう。どんな手段を用いてでも日蝕の間にオレを取り込もうとするはずだ。
オレは《あちら側》に行くべきなんだろう。この子を、シズクを自らの手で傷つけ殺そうとした。償っても償いきれるものじゃない。任務も何もかも、オレは失敗した。
今からでも囮として卑留呼に接近して“神威”を使うべきか――そう考えあぐねていた最中、シズクが懐で小さな声を出す。


「カカシ」

「喋っちゃダメだ。傷に障る」

「ダメだよカカシ、ひとりで背負わないで」

シズクは揺ぎ無く微笑みを返し否定する。オレは一言も口に出していないのに何もかもお見通しだった。そしてこの絶体絶命の窮地に、オレの隣で、ナルトが額宛の結い紐を靡かせて颯爽と立ち上がる。


「何ボサッとしてやがる!カカシ先生を守ったぜ!火の意志を引き継ぐのはオレだけじゃねェ!!木ノ葉の里の仲間たち、全員だァ!!!」


一段と逞しくなった背中たちに次々と喝を入れられる。
ホントに似てるよ、お前たちは。
オレはダメな先生で、ダメな忍者で、からきしダメな男だ。でも今、弟子たちが立ち上がったってのに、オレが迷ってどうする。

師匠ってのは、弟子を導くものだ。そうだろ。

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