▼12 素顔をさらえ

「キミの師匠も忍たちももうすぐボクの一部となるのさ」

「アナタの私利私欲で戦争を起こさせるわけにはいかない。カカシも他の里の忍も全員返して!」

卑留呼は瞳を弓なりにして左手を掲げた。
左手のあの吸穴孔とやらで、吸い込まれたチャクラが弾き出されて水色の炎になる。忍術や体術が効かないならせめても防御で時間稼ぎするしかない。カカシを奴に近づけないように――そこで私は チチチ、高い連続音を耳で拾った。
脇目。
時既に遅し。
押し上げられた額あての下で カカシの目が両方とも赤く光っていた。懐の光は目映い、あお の

“ドッ”

身構える間も容赦もなく カカシの右手は何か軽く薄いものを貫くように私の胸部を突き抜けた。


「カ」


背中を預けた守るべき人。信じて疑わず、警戒など微塵にもしていなかった。この技が敵のはらわたを断ち切る様は何度と見てきた、同じように貫かれ、痛みとして知覚した。始めて。
体の中心から末端に高圧の電流が駆け巡り、瞼など長く開けていられない。筋肉の痙攣は激しく、麻痺してるか硬直してるかも定かではない。ただ喉が。大量の血が口から溢れてやけつくようにあつい。必死に呼吸を繰り返す。

フラッシュのように感じる、鉄の味、未だ胸を貫く血みどろの腕、くらやみ、カカシの能面みたいな顔、ああ そんな表情はみたくないよ。

「カ、カシ」

いつも私を守ってくれてたカカシが、私の息の根を止めようとしている。あなたにこんな非道な真似させたくない。痛い、痛い痛い痛い。熱い。
燃えるように体が熱い。

「カカシ」

やめて、やめてカカシ。いやだよこんなの。


「その邪魔な絆を断ち切ってあげよう」

卑留呼アナタは 私たちの十六年を何も知りもせずにそんなことを言うの。

腕を引き抜き、迸る鮮やかな返り血で半身を濡らせど、カカシはやはり表情を変えなかった。
心臓を吹き飛ばしこそしなかったけれど、雷切にかすめられれば致命傷レベルの風穴になる。血が、血が足りない。すぐにチャクラを集中させて塞がなくちゃ。


「太陽が月に隠れ、金環日蝕の禍々しい光が地上を照らすとき、天・地・人の条件が整う。はたけカカシ……お前の写輪眼が私と一体になるのだ!」

崩れ落ちた元に術式の円盤が光り出し、浮かび上がった。
始まってしまう。

「やめろォ!」

巨大な幼虫が地を這うような不快な音に紛れて響く、このよく知る声は。

「シズク!?何で…!!」

ナルトの叫び。
そして卑留呼の高笑い。

「クソ…オレの仲間に何してくれてんだ!!みんなに手を出すんじゃねェ!」

「フフフフ 金環日蝕の力を得て今!合身は完璧なものになる!」

奇妙な褐色物質に囲まれた。それらは私を置き去りに、棒立ちのカカシを取り巻いてその内側に引きずり込もうとしている。

今 手を伸ばさないと カカシが連れてかれてしまう。

「…カカ…シっ!!」

こんな痛みなんかで絶対に諦めない。ぶるぶる震える手を伸ばすと、あとは飲み込まれるように体が先へと引っ張られていった。




視界は暗く、手元が見えるだけ。ゴボゴボと分裂を繰り返す、チャクラを練り込まれた細胞そのものの壁らしき物質に体が衝突した。
卑留呼の“鬼芽羅の術”は物理的に相手を飲み込むらしい。カカシは触れた部分から吸着され力を奪われてる。

「もう遅い。カカシは完全に私の一部になった!」

「ふざけんなァ!!!」

外からはまだ声が聞こえた。


懐へ飛び込んだからにはこれが一度きりのチャンスだ。
この空間招かれたのはカカシだけで、ほかに余分な者はいらない。さながら私はウイルスだ。
細胞壁が私を排除しようと襲い掛かってくるが、こっちだってこんな気味悪いものと一体化するなら自来也様のガマガエルの腸内に一生住む方がマシだ。
この内部は深い闇。
孤独とさみしさの権化で、見開かれた左目の写輪眼が赤く発光を始めた。

「カカシ…!」

――見つけた。


*


「カカシ!?何をやってるんだァァア!!私の体の中で…勝手な事をォ…!!」

カカシに組み込まれた術式がついに発動し、卑留呼の悲鳴が古城に木霊した。

「カカシ!だめ!」

膨張する細胞の流れに身を漂わせながらも、カカシは視界に止まったもの全てを標的に時空を歪め異空間に導き始めた。巻き込み、道連れにするように ひとつずつ消していく。気を抜けばあっさりと激流に押し流されそうだ。

「カカシ!もうやめて!!」


カカシの頭を掻き抱いて、腕の中に収めた。銀の紙に額を埋める。ごめん。血だらけになっちゃうけど許してね。万華鏡写輪眼の範囲内に映らないように掌を左の眼に翳した。
彼の体は驚くほど冷たくて、泣きたくなった。

ねえ、カカシ。
風火水雷土陰陽、この世には幾千もの忍術があるって あなたが教えてくれた。
人の命を救い、奪いもする大いなる力。あなたは千の術をコピーしたんだからさぞかし強い。つよいけれど、そんなあなたでもこの発動した術式は止められない。

でもね。誰か一人でも傍にいればこの術式は簡単には止められる。高度な印はいらない。
チャクラもいらない。
この掌ひとつで止められる。
簡単でしょ。
あなたはその眼を閉じるだけいい。

「もういいよ、カカシ」

こんな最後をあなたに選ばせると思う?答えは清々しいまでにノーだよ。
一人で背負って終わらせようだなんてやっぱりずるいよ。

目を醒まして素顔を見せて。
痛いなら分けて。
かっこつけて殉職するより、遅刻して部下に怒られて、困った顔で笑ってるカカシがいい。

それにね、思い通りにならないならもう要らないなんて 悲しいこと言わないで。
家族になれないけど、家族のように見守っててください。
私はもう逸らさないから、あなたを一人にしないから、私のことも一人にしないで。
あなたが泣けないんなら、私が代わりに泣くから。

どうかお願い、帰ってきてください。





額あてを斜めに下ろしてしまえば、細胞の異常縮小は停止した。

「止まった…けど……」

分裂は加速し、私たちは溺れるように落ちていく。
“神威”を止めても、一刻も早くここから脱出しなくちゃ全員仲良く敵の餌食だ。

朦朧としてうまく推し測れず、必死に抗っても先の負傷で思うように進めない。
細胞壁が私たちを飲み込もうとしたそのとき、私の眼は眩しいオレンジ色の点をはっきりと捉えていた。

「ナルトォ!!!」

ここだよ。ここにいる。私はあらんかぎりの力の込めて、光に向かって叫んだ。
火は灯されてる。

カカシ見てよ、助けが来たよ。

あなたの教えを最後まで守った弟子が迎えに来たんだよ。

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