▼必ず勝てるおまじない

最終段階の実践演習。シズクはチャクラ刀を手に積極的に動き回り、オレの肩をもう少しで掠めるまでに至った。持ち主の性質を反映するチャクラ刀だが、譲り受けた刀はすっかり板に付いてきて、刃に白い炎が波打つように燃えている。
正直なところ、短期間でシズクがここまで成長しているとは思わなかった。時間を重ねるごとにシズクの間合いを読むのも的確になり、こっちは写輪眼を出さないといけなくなる始末だった。化けるどころか、オレでも辿り着けないところまで、シズクは登っていくんじゃないだろうか。
流石に雷切はやりすぎたと反省してるが、本気で殺り合うと宣言した手前、オレとて手は抜かない。

「そろそろか」

日が傾いてきた。name2#には悪いが、今回は切り上げよう。あいつは続行すると言い張るだろうけど、疲れも溜まってきてる頃合いだ。写輪眼で強制的に眠らせるか。
一時退散したシズクのもとへと、オレは気配を殺して近づく。岩影にチャクラの反応がある。
無用心か、はたまた囮か。
ここはひとつ、乗ってやるか。

「みーつけた」

からかうような調子で彼女の背後をとると、シズクが顔だけ振り向いてにっと笑った。
さあ どう出る。

「食らえ!おいろけの術っ!」

「え、」

ボボン!

煙に巻かれて浮かび上がったのは、大人びたシズクの姿だった。
幸いナルトとは仕様が違い 着物を身に纏ってはいたが、唇にはうっすらと紅がさしてある。これでもかというほど色めいた、成人ぐらいの年頃の姿。

「カカシ先生」

と、潤んだ目に、視線を絡め取られる。

「土遁・土流壁!」

オレは無意識に印を結び、シズクとの間を土の壁で遮った。
ちょっとお前、いくらなんでも女の子がそれ使っちゃだめでしょ。そこまで天然なの?

「お前ね、あんまり大人をからかうもんじゃないよ」

思わず壁に向かって説教したくなった。

「先生こそわたしをナメちゃあいけませんっ!」

「!」

今の土流壁で無駄にチャクラを消費したせいで、頭上をとったシズクに気づくのが遅れた。
さっきのは影分身変化だったか。逆光がぎらりと差して陰った。12歳の姿が、両手でチャクラ刀を構え、こちらに突進してきていた。オレに向けられた刀身に、あの白い炎が、烈火のごとく吹き出す。

「これは……!」

腕を掠った。それだけで激痛が走り、灼熱の炎と化したチャクラに、ゆっくりと皮膚を焦がされていく。この火をくぐり抜ければ単なる火傷じゃすまないな。高密度の陽のチャクラで体の内側から蝕まれていくようだった。
シズクは重力に従ってオレの目の前にすとんと音をたてて降り立ち、危うい火を放っていた手はすぐに、医療忍術を扱うものへと切り替わった。

「先生ごめんなさい!!すぐ治すから!」

「ああ」

傷は癒えど、なんと言ったものか。頭をかきながら言葉に迷った。

「まったくとんでもない奴だよ。あんな術で翻弄しようなんて。あれナルトの術でしょーが」

「わたしが使っちゃいけない?」

「いや……キリュウには通用しないと思うけど」

「奴の対策はまた考えるよ!今はカカシ先生を出し抜ければいいんだから。ね、これでクリアだよね?」

印を結んで周囲の炎をすっと消すと、ちりちりと鈴を手の中で転がしながら満足そうに笑った。

「おじさまが、どんな強い忍だって女の人の前ではただの男だって 昔言ってたの。先生も引っ掛かったね」

「シカクさんの入れ知恵ね……」

「ね、大人のわたし キレイだった?」

期待を込めた瞳が再びオレを捉える。子どもでも大人でも、その眼差しだけが変わらない。
ああ、見とれるほど綺麗だったよ。とってもね。

「今回以降あのお色気の術は禁術に指定しなきゃな」

「ええっ!?」

カジが初対面のシズクを将来有望ていった意味が分かった。あんな術を他の男に使うことは先生が許しません。
なーんてね。

昔はオレの背におぶられてたってのに、したたかに挑んでくる忍になっているとは、嬉しいような複雑なような。
いずれにせよオレの心配は杞憂だった。
彼女はたくましく成長していたらしい。

オレのはじめての教え子が三人、本戦で戦う。
ひとりはうちは一族の生き残り。あの悲惨な事件以後、力を得ることに生きる目的を見い出したサスケ。
ひとりは捨て子だった。幼いけれど、シズクももはや戦う目的を持っている。
そして今どこかで修行してるもうひとり、英雄が残したこどもがいる。この試験を経て、ナルトを見る大人たちの目も変わるだろう。
あいつらを、それぞれの戦いに送り出すことになる。


「演習はクリアだ。シズク、お前は一足先に山を降りていいぞ。残りの時間は好きに使うといい」

「ほんと?やったあ!」

シズクは嬉々として拳を空に突き上げた。

「サスケは間に合いそう?」

「ま、なんとかなるでしょ。完成させなきゃお前の試合も見れないし」

「ホントかなあ。カカシ先生遅刻魔だから心配。わたしの試合初戦だし、遅刻するんじゃないかって心配」

「信用ないのね、オレ…」


「じゃあわたしは、先に里に戻るね」

すぐに踵を返して木ノ葉の中心部へ帰ろうとする彼女を、ちょい待って、と声を掛けて呼び戻す。
話しておかなければならない面倒事があった。

「少し話がある」

「話……?」

「月光ハヤテが殺害されたと、先日の会議で聞かされた」

「え!?」

唐突に切り出すと、シズクは表情を一変させた。

「そんな……ハヤテさんって、第三の試験の予選で審判をやってた人だよね!?どうして!?」

「ハヤテを殺した黒幕はまだ判明してない。上層部でも意見が割れてる」

「まさか……大蛇丸の仕業?」

試験中に対峙した危険人物を真っ先に思い浮かべたのだろう。シズクは呟く。

「そのセンもなきにしもあらず。だが今は中忍試験中で、大蛇丸以外にも怪しい奴はごまんと来てるからな」

オレは迷った末、以前取り逃がした薬師カブトことをシズクには黙っておくことに決めた。
カブトが他里のスパイである疑いが濃厚だ、などと口を滑らせたら、この子は本戦を放棄して一目散に奴を探しに行くだろう。余計な情報開示は避けるべきだ。

「いずれにせよ、今 木ノ葉の里の雲行きは怪しい。中忍試験の裏でキナ臭い動きがあるのは明らかだ。お前も充分注意すること」

「…はい」

オレとの演習をクリアした笑顔からかけ離れた、不安げな表情。オレはシズクの両肩に手をおいて、しゃがみこむ。やや、彼女のほうが目線が高くなるように。

「なあに?先生」

「ま 景気づけにね」

「?」

「必ず勝てるおまじないだよ」

少し目線を高くしてから、こん 自分の額を彼女のおでこにくっつけた。オレは額宛てをつけてるから、額合わせでも体温は感じられないけど。至近距離でシズクは目をぱちぱちとしばたかせて、オレの髪にくすぐったそうに肩をすくませ、照れて笑っていた。

「これがおまじない?」

「そ。案外効くのよ」

「先生は…私が勝ったら嬉しい?」

「まあね。ま……今回の勝ちってのは対戦相手との勝敗じゃなく、安全に帰ってくることなんだけどさ」

それは中忍試験に限ったことではなく、任務全般に共通することだ。任務遂行 失敗ではなく、自分たちの命に重きを置くこと。父さんの一件を引き摺って、オレがシズクの歳の頃には気づけなかったことだ。

「わかった。勝って、安全に帰ってくる」

ほら、分かってない。

「必ず見に行く。頑張れよ」

「うん!」

言ってそっと離れると、シズクが満面の笑みで返事を返した。昔撫でたときはもっと小さかったのに、大きくなったよ、本当に。


*

嬉しそうに早足で岩場を駆けていく後ろ姿を見送りながら、今のはセクハラではないよな、と少し不安になった。
おでこくっつけただけだし大丈夫だよな。でも自分の声がちゃんと教師の声だったどうかには自信がない。


「カカシーちょっとこっちおいで」

いつだったか、まだの両目が黒いいろだったころ。由楽はそう手招きしたことがあった。

「おいで……?お前、ばかにしてんの。オレ犬じゃないんだけど」

「憎まれ口叩いてないでホラ!」

「だからなによ」

しぶしぶ歩み寄ると、彼女はなんのためらいもなくオレの両頬に触り、額を合わせてきた。

「!?」

「必ず勝てるおまじない」

頭がかっと熱くなりそうなほど、恥ずかしかったのを覚えている。

「勝つとか負けるとか……そういうのは勝負事に言うもんでしょ」

「だってカカシもう中忍じゃんか。生きて帰ること、これすなわち勝つことなり。あ、もしかして照れてる?」

「冗談きついよ」

大して年が離れてるわけでもないのにガキ扱いされてるようで気に食わなかった。

「あっはは!いってらっしゃいな!」


戦争の任務に向かうオレに、必ず帰ってこれる ではなくて必ず勝てる、なんて安直な言い回しをしてリラックスさせようとしてたのだと気づいたのは、ずいぶん後になってからだった。

死んだからって、由楽が簡単にシズクの側を離れるなんて有り得ない。大人しく墓に入るタマじゃない。どうせお前のことだから、どっか近くで見てるんだろ。
お前ができないことはオレが代わるからさ。
だから見守ってやってくれ。由楽。

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