▼11 受け継がれる火の意志

通り過ぎるときの肩を叩くナルトの力は いつものものだった。
ナルトお前、闇雲じゃなかったのか。オレはお前が、お前の生来のバカ正直さだとかド根性だとが、仲間に対する強い想いばっか優先させてんだと思ってた。里の未来よりまず先に仲間の命助けねェと、って、そうがむしゃらなんだと。違ェんだな。
お前はお前で芯の通った理屈があった。
何よりそれは、オレが妥協して導いたような即席の未来なんかじゃねェ。本物だ。お前はこれからの木ノ葉の里の、あるべき本当の未来をしっかり見つけてたんだな。


シカマル…“玉”ってのは、里の未来を担うこども達のことだ。こどもたちのために、オレの好きだった木ノ葉隠れの里を 未来永劫守ってやってくれ


一番大事なものが何なのかコイツは知ってたんだ。

いいのか?シカマル

情けねェよな。アイツが守ろうとしてるのは、アスマ、アンタと同じだ。

…そうだな

アイツはアンタが“玉”と呼んだ里のこどもたちの未来に、大切なものを残そうとしてる。

それもまた、火の意志だ

「…アスマ」

懐から形見のライターを取り出す。カキン。しゅっと音を立てて真新しい火が灯った。

「ナルト、」

あいつの背中が、オレには尊敬したアンタの姿に見えたよ。

「火の意志は今、お前に引き継がれた…!お前はお前の信じる忍道を貫け」

歯を見せて笑い、外套を脱ぎ捨ててナルトは全速力で走り去っていった。

あーあ、ホントにめんどくせェな。ここまで執拗に妨害してきたってのに、苦労が水泡に帰すどころか、無駄骨どころか完全なる邪魔者じゃねーか。
ったくめんどくせー。
あそこまでまっすぐ正論貫かれちまったら、オレでももう止められねェだろーがよ。
無茶苦茶なのにその火の意志を信じたくなっちまう。
ナルトは多分…いいや間違いなく、木ノ葉の里にとって大切な忍になる。否、もうなってんだ。
アイツと一緒に歩いて、アイツが描く未来の里ってのを見てみてェ。
そう思わされんだから心底不思議だ。


「…バカヤロー、お前…いつまで黙ってんだよ」

声をかけると、その場にしゃがみこんだままのシズクが外套の下で肩を竦めた。

「シカマル」

弱々しい声とか、瞳から丸い涙の粒をポロポロと絶えず落としていく姿を想定してた。見慣れた真っ赤にした幼い泣き方を。けど実際のところシズクは珍しく泣いてはなかった。

「ナルトは行った。安心しろよ。オレはもうお前たちを引き止めはしねーからよ」

シズクはオレの顔を見据えてる。凜然としていてもどこか物言いたげな表情で。はりつめたその面持ち、緊張の糸が途切れねェ。

「ったく判ったよ。オレが悪かったっての。だからいい加減泣き止めって。…すぐにサイとサクラを治療して―――」

「ほっとけないよ」

「?」

「だってあの人 いつも一人で泣いてるんだ」

「おい」

「独りにできない」

「それって、」

「護りたいの。あの人を護りたいのに…」

歪められた瞳には透明な膜が張り始めた。


「シカマルお願い、助けに来て…っ!!」

胸騒ぎのする懇願だった。
“助けに来て”って、お前ここにいるじゃねェか。“一緒にカカシ先生助けに行って”が正しい頼み方じゃねーのかよ、なあ。SOSの出し方、違ェだろーが。
ぐっとシズクの手首を掴んで睨んだ。

「お前、まさか」

――――ボフン。
次の瞬間 オレの目の前にいたはずのシズクは、煙に消えていた。


*

息を殺しても心臓はうるさいくらいに高鳴っていた。自分の鼓動をなるだけ気にしないようにしながら、私は、カカシの忍者ベストの巻物ホルダーの中で卑留呼の薄ら笑いに注意深く耳を傾けていた。

「お前が私に、完璧な体を創る術のヒントを教えてくれた」

カカシにかけられた術式は必ず発動する。“その時”にカカシの傍に確実に居合わせる必要があると悟った私は、カカシがクナイを向けたあの瞬間、攻撃で懐のガードが手薄になった隙を見計らって、人差し指のサイズまで体を縮めてベストのホルダーに忍び込んだ。
みんなのところに影分身体を一体置いてきて。

「あの光に、月が影を作り金環を描く時、太陽の光は特別な力を持つのだ。その輝きを浴びた時、お前は私の一部になり、私は不死の完全忍者となるのだよ カカシ」

ホルダーの隙間から窺うに、卑留呼は地面に書かれた何らかの術式の中央に君臨している。奴を取り巻くように他の四人の忍も磔にされてる。つまりここはもう“儀式”の場所。あちらの準備は万端らしい。
能力だけ奪い取られるのか。はたまた捕食されるのか。カカシの術式を止めようにも卑留呼がどのようにカカシを“一部にする”か判然としない。
一番得策なのは、未だ卑留呼の儀式が始まってないこの状況で邪魔を入れることだろう。
ほんの数刻でいい。儀式に必要とされるらしい金環日蝕の間さえ妨害し仰せれば。

「解っ!」

意を決し、ホルダーの上蓋を開けて外に飛び出して私は元のサイズに戻った。

「…何者だ?」

カカシとの間に割って入るように突然現れた私に、卑留呼は眉を寄せる。

「私は…この人の弟子よ!」

「弟子だと…?」

卑留呼の目は微笑ましげに歪められたが、好意な眼差しではなかった。

「成程、カカシも教え子がいるような歳になったんだね…」

「この人を…カカシを思い通りにはさせない!アナタも元木ノ葉の忍なら判るでしょ!里じゃ師弟の絆がどれほど深いか!」

「そんなものはとうに忘れたよ」

「…!」

カカシ、あなたは護ってくれてた。敵の攻撃からだけじゃない。
孤独や寂しさから私をずっと護ってくれてたんだ。
だから今度は私がカカシを護る。それが私の火の意志だ。

「私の先生にこれ以上手ぇ出したら、許さないんだから!!!」

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