▼10 守護
「何だよ……あれ」
「時限式の術式だよ。たとえ拷問にあって失神したとしても術は時刻通りに発動する」
「それじゃまるで、生きてる時限爆弾みたいじゃない!」
「暗部でも滅多に行われない最後の手段だ」
「じゃあ…カカシ先生は…」
「そういうことだ」
「!」
ナルトたちが真相を理解したのを見届けて、オレは影から姿を現した。
「シカマル!お前最初から知ってたのか!」
「ああ。術を施したのは火影様だ。敵がカカシ先生を取り込もうと無防備になる一瞬、万華鏡写輪眼を発動させる。それが、あらゆるを忍法を自在に取り込んでしまう敵を破る唯一の方法だからだ」
「綱手のばーちゃんが、最初っからカカシ先生が死ぬことを覚悟の上で……?んなバカな」
門が静かに開いた。おそらくあれが敵の巣窟に続く最後の扉だろう。カカシ先生は己の命と引き換えに木ノ葉の里を救う。あの人自身がそれを決めて選んだんだ。
「判ったか……それがカカシ先生の火の意志なんだ」
もう判っただろ。諦めろ。
頼むから諦めてくれよ。
「そんなの、そんなのぜってーダメだ!!」
「ナルト!今のカカシ先生にお前の声は届かねェ!」
「届かせてみせる!」
肩を掴む手が払われ、ナルトたちはカカシ先生の後を追って門を潜り抜けた。門の奥は深い霧に包まれ、ぼんやりと卑留呼の根城がたち現れる。
「久しぶりだね はたけカカシ。待ちかねていた。そろそろ金環日蝕が始まる」
その奥深くから誘うような囁きが響いてくる。
「お前かァ!お前がカカシ先生を……!なんなんだよ!なんで木ノ葉の里を目の敵にするんだ!」
続く宮殿の扉が開かれるとともに、卑留呼の声も明瞭なものになっていく。
「かつて木ノ葉に、卑留呼という男がいた」
ナルトの問いかけに何故応えたのかは定かではないが、卑留呼は己の半生を語り始める。オレたちが知らないカカシ先生の過去をも露見させて。五代目同様若返りの術を扱うのか、卑留呼の姿は予想に反し、幼いこどもの様相をしていた。
「カカシ さあ、おいで」
白く長い裾を空に掲げ、卑留呼はカカシ先生を招き入れようとしている。
「ダメだ!カカシ先生!」
「カカシさんを止める方法は、奴を倒すしかないみたいだ」
「あ…!待て!」
止めようとして、また体が思うように動かない。こんなときに。
「そいつに忍法を使うんじゃねェ!今のヤツは忍法を取り込むだけじゃねェ!取り込んで自由に使いこなすこともできるんだ!」
片膝をついて叫ぶ。だが呼び止めも聞かず立ち向かっていったナルト、サイ、サクラは、三者三様に次々と地面に伏していった。鋼遁、迅遁、冥遁、嵐遁。卑留呼はあたかも楽しむように繰り出していく。
「冥遁・邪自滅斗」
駆けつけて時既に遅し。卑留呼は左手をこちらに翳していた。その吸穴孔から放たれたチャクラは水色の炎に変換され、業火となって猛進をみせる。
「みんな固まって!!」
シズクがオレたちの前に繰り出し、両手からチャクラを迸らせて炎の結界を立てる。
だが三人のチャクラが、特にナルトの膨大なチャクラが弾き出された以上、緊急で張られた結界は衝撃に耐えきれなかった。
青いチャクラの塊は白い炎の壁を打ち破り、山脈の小径もろともオレたちを吹き飛ばされた。
「お前たちのチャクラだら、返してやった代わりに、そこで大人しくしてろ。……さあカカシ、私と合成合掌し、完全体となるのだ」
カカシ先生は卑留呼のアジトに入っていった。オレたちは動けず、止めるヤツはいねェ。地から煙が沸き上がる威力の余韻。サクラやサイは俯せに倒れたまま、体を震わせている。
「……カカシ先生…ダメだ…その門を潜ったら…」
もはや譫言のように繰り返してはいたが、ナルトは全身に追ったダメージで動けはしねェだろう。
これで本当にもう道は閉ざされた。
顔を上げることも出来ねェのは術の負荷じゃなかった。ナルトたちを止めてカカシ先生の本懐を遂げさせるというオレの任務は遂行されたってのに、胸を張れねェ。里に再び平穏が訪れると考えても喜べねェ。
「これでいい…もうこれしか方法はねェんだ」
嬉しくもなんともねェ、その理由は判ってる。
口から漏れた呟きはナルトにではなく、自分自身に言い聞かせるものだった。
「カカシ…先生…!」
この期に及んでナルトが、カカシ先生の名前を再度呼び立ち上がろうとしている。
「ここは通さねェ」
片足引き摺ってオレはナルトの行く手に立ち塞がった。
「しつけェな…!そこをどけ!」
ナルトも立ち上がった。外套から腕を出し、体を広げてナルトの道を遮る。
「オレは“玉”を…里の未来を担うこども達を…守らなきゃなんねェんだ…!」
「ああ…守るんだ…!」
「…!?」
「カカシ先生の教えを…里の仲間である…カカシ先生を…!守るんだ。オレたちの里を、里の仲間を…こどもたちを…!」
―――お前、今なんて言った?
「だったら…なんで…」
「オレは守らなきゃならねェ。未来に残すべき一番大事なものを」
陰にいながら、ナルトは足を開き踏ん張って立ってる。
「一番…大事なもの…?」
「未来のこどもたちが信じ、誇りと思えるような…そんな里を守らなきゃならねェ」
真っ直ぐオレを捉える。
少し笑って、口振りは夢を語るように。
「里の掟を守るのが忍!仲間を守るためなら命すら懸けるのが木ノ葉の忍!!だけどよ!!」
太陽の光が差し込まない小径。
「最初っから、仲間の命を犠牲にしようなんて!ホントに里のやり方なのかよ!お前はそれでいいのかよ!!それで!それで助かったとして!みんな喜ぶか?そんなの辛ェだけだろ!!そんなの!オレの大好きな木ノ葉の里じゃねー…!!」
身振り手振りの必死の懇願。その声が届いてサクラやサイも手を地面につき、膝を立てた。
「オレは…オレは守ってやりてェ」
一歩ずつ確かな足取りで進み、岩陰から明るみに出たナルトに、胸ぐらを掴まれる。強ェ力。だが腕は震えて、光る青い目から涙の雫が零れ落ちた。
「オレの大好きな木ノ葉の里を未来のこどもたちのために!!守ってやりてェんだよ!!!」
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