▼09 ゼロ距離

「……いた」


牙のように刺々しく聳えたつ岩肌。剥き出しの道に、身長の高い細身のシルエットを見つけた。
あんなに小さかったかな、先生の背中。

「カカシ先生っ!!!」

一目散に駆けつけてこの手でようやくカカシ先生の手を掴む。やっと届いた。
しかし、嬉しさが込み上げたのは最初だけだった。ゆらゆらと上半身を揺らしながら頼りなげに歩くカカシ先生は、私たちを見向きもしなかった。

「カカシ先生っ!」

いつもの重たげな瞼の奥は、写輪眼じゃない方の瞳が怪しげに赤く光っている。

「聞こえない?ねえ!返事してよっ!」

広がるしじま。

「先生、私のこと分からないの!?」

前に回り込む。
先生は私のことなど構わずに一歩ずつ前進するから、間を保つために、私は自然と一歩ずつ後退していく。

「お願い!何とか言ってよっ!」

「カカシさん!」

「カカシ先生!私たち先生を追って来たのよ!みんなで帰りましょうよ!!」

サイやサクラの声にも耳を貸さず、私を避けてまた一定で歩み続ける。何を言っても伝わってない。
本当に操られてるんだ。

「カカシ先生!返事してったら!!……っもう!元に戻ってよっ!!」

ねえ先生聞かせてよ、穏やかでのんびりしたいつもの声。
ゆっくりと歩を進める先生の背中を、どんどん、両手で交互にやや乱暴に殴る。振動は体に響いてるのに心まで届かない。
ええい こうなりゃやけっぱちだ。先生のベストを握り絞めて後ろから全身の力を込めて引っ張った。歩みはとうとう止まった。

そこではじめて反応があった。
しかし振り返って私の鳩尾に正拳を叩き込んだカカシ先生に、自らの意思はなかった。

「げほっ!」

手加減なしの本気の拳に否応なしに膝をつかされた。

「シズク!」

諦めない。ナルトももうすぐ来る。みんなで先生のこと、引き摺ってでも帰るんだ。すぐに両手を伸ばして目の前の右手を掴んだ。

「お願い返事して、カカシっ!」

ぐい、と引っ張った拍子に、私はカカシの右手首の内側にあるものを見つけた。

「!?」

それは時限式で発動する術式だった。

昔、何かの巻物で見たことがある。その紋様と発動条件の意味するところを、愕然としながら頭の中で巡らせていた。この時限式の術は一度刻まれれば必ず発動する。じゃあ、カカシは一体何の術を強要されているの?
巨大な幻影として上空に現れたとき、卑留呼は言ってた。四人の血継限界を既に取り込み、五番目の血継限界を掌握した後に自分は不死身の完全忍者になると。その五番目は、カカシだ。力を増した卑留呼にコピーした忍術も雷切も通用しない。敵を倒すためにもしカカシが使うとしたら――――

推測を投げ出して立ち上がっていた。跳躍し、2、3メートル先へと降り立てば、カカシ先生が一定の速度で抑揚なくこちらに近づいてくるのが見える。

「カカシ」

辺りに響く、

「返事しないとイチャイチャパラダイス、初刊デラックス保存版も含めてぜんぶ燃やしちゃうからね!!他のエッチな蔵書も里中にばらまいちゃうからっ!」

私の強がりと、

「早く里に帰ろうよ!ガイ先生との勝負だってまだ持ち越しでしょ!!50敗でも49勝でもなんでもいいけど、ちゃんと決着つけないとガイ先生怒るよっ!!」

ザ、ザ、ザ。あなたのサンダルが地を擦る音。

「パックンたちのお世話はどーするの!?私たちじゃお世話しきれないよ!無責任だよ、バカカシ!」

それだけ 虚しくこだましていた。

いつの間にか涙が溢れはじめ、ポロポロと次から次へと頬に伝ってく。とめられない。とまらない。悲しくてしょうがない。
そういうことだったの、カカシ。

「ごめん」

ゼロ距離になったカカシに、両手を広げて、まっすぐに飛び込んだ。里随一の忍にしては華奢すぎる、けれど私よりずっと広くて逞しい肩と胴は、あたたかだった。
カカシの歩幅は変わらない。ずり、ずり、ずり。強い力であなたは進む。押し負けて機械的に引き摺られる私の、抱擁はいっそうきつくなった。
今は嗚咽を堪えるだけで精一杯だった。


「ごめん、ごめんね。カカシ」


あの術でカカシは自分ごと、敵をこの世界から異空間に連れ去るつもりなんだね。里を守るため、最初から死ぬつもりでここに来てたんだね。ごめんなさい。私そばにいるって言ったのに、またあなたにひとりで死ぬことを選ばせてしまった。
とめどなく涙を溢し、先生の灰緑のベストに額を添えて瞳を閉じた。暗闇に、カカシの匂いだけで満たされる。

これまでに二回、カカシは私を拒絶した。
一回目は由楽さんの死。後見人の権利を得てもカカシが私を育てなかった時。
今でこそ言えるけど、その判断こそが、カカシが今の今まで私に縛られている原因だ。あの時素直に“家族”になっていなかったから言い知れぬ罪悪感を背負い、過保護になり、私に対しても“家族以外”の感情を向けざるを得なくなったんだと思う。
愛してるけど近づかないで突き放した。自分のため、もしくは私のため、あるいはお互いのために。
だからカカシは私に縛られている。

つまり私も距離を置かれたのはこれで二度目。「傍にいてよ」ってきちんと言わず、突き放されるがままだったあの一度目。幼すぎたという言い訳を盾に私は、私に縛られてるカカシに今も甘やかされている。

好きな時に一緒にいて、
必要な時は護ってもらい、
要らない時は居てもらわない。
別れの際は突き放してもらう。

カカシのことを、どう考えても有難すぎる、人形のようなご都合主義な存在にしてしまったの。私の自分勝手で。
自分のことばっかりなんて、こんなことやめよう。もう大人になる時間だよね。

覚えてないくらい昔ね、窓辺で指おりかぞえていたの。遊びにきてくれるって約束の時間。
遅刻ばっかりだったけどあなたは絶対に来てくれた。
待ちこがれてたの。声には出せないような、大切な大切な気持ちを誰かがくれるのを。


「確かに似てるところもあるけどね。でもシズクは由楽とは違うよ。お前がお前だから、ぜんぜん似てないお前らしいところに、オレは惹かれる。ひとりの女の子として、お前を好きになったんだよ。オレはいつでも、お前を思ってる」


私たちはずっと異常な関係かもしれない。でもね、あなたがそう伝えてくれたからたしかに今の私があるんだよ。窓から舞い込む風が木の葉を運んできたあの日から、今まで、迷惑ばっかりかけてきた。
私はダメな弟子でした。ダメな弟子で、ダメな娘で、ダメな女でした。だから今度という今度は、突き放されたら正しく関係を直したい。
弟子に教えたこと破って、私のことも手放して、そんなにあっさり独りでいなくなってしまうなんて許さない。
ごめんね、私からあなたにつらい役回りを押し付けるのはこれで最後にするからね。

カカシの右手がクナイのポーチに伸ばされたのと同じタイミングで、小さな決意の下に私は印を結んだ。

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