▼07 シグナル
「ボクも一応 カカシ班の一員だからね。参加してもいいかな?」
窮地に颯爽と現れたサイは穏やかな笑みを見せた。
不自然な作り笑いを浮かべていた天地橋の任務のころと比べ、サイのその変化に驚く。サイをここまで来させたのは、仲間の命より任務遂行優先される暗部の教えではない。第7班の約束事だ。
「勿論!」
「ああ!カカシ先生の教えを守る者はみーんなカカシ班だ!」
新生第7班、いつの間にかこんなにも絆を深めてたんだ。顔合わせの頃はどうなることかと気を揉んだものだけど杞憂に終わりそうで安心。
ただ、その直後にサイの外套から地面に落ちた一冊の本――“女心 早分かり読本”――によって肩透かしを食らうことになるのだけれど。
「女心ォ!?」
「こういうときに駆けつければ感謝されると、本に書いてあったんだよ」
「喜んで損したってばよ」
「本、落ちたわよ…」
「……いいなぁその本。男心版も売ってないかなぁ」
「はぁ??」
ナルトとサクラは眉を寄せ、揃って私の顔を覗きこんだのだった。
一度放たれた矢が軌道を変えないように、いくら後悔しても言葉は上塗りできない。
カカシ先生の拒絶は正確に私を弱らせた。そして私はシカマルを、アスマ先生に託されて覚悟を固めた彼を幼稚にもずるく傷つけた。カカシ先生は飄々とした掴み所のない先生ではなく、シカマルもまた面倒臭がりであれどわがままを聞き入れてくれるいつもの幼馴染みではない。離れる間際 二人揃って誰ともつかない、知らない人のようだった。
チームワークを大事にしろと弟子に教えながらも独りで消えてしまったカカシ。里の未来のためにやむ無き犠牲に目を瞑るシカマル。どちらも定まらない速度でどんどん離れてく。こんな傍にいたのに、ねぇどうすればいいの。
「もーお手上げだよ…」
「シズクにとってカカシさんはどのような存在なんですか?」
サイが問う。
私にとってカカシ先生って?
「私にとって 先生は…」
「オレを選ばないならもうお前に用はないよ」
「……大切な先生だよ」
拒絶が胸に奥深く刺さるのは知っていたけれど、冷たく突き放した当事者も同じくらい苦しいなんて考えてもみなかった。
あなたの本当はどこなのカカシ先生。
私は受け入れる余裕もなかった。先生、あのとき、
私と同じ分だけトゲは刺さった?
*
草隠れと岩隠れの境界に聳える不毛の山脈・須弥山。それが敵の本拠地だった。
山頂付近まで追跡し、カカシ先生ひあと僅かという距離に再度迫った頃には、視界はますます不明瞭になった。雲は分厚く、あたり一面に砂嵐が立ち込めている。
「何なのよ!この砂嵐は!」
「目が痛ェ!」
切り立った岩塊は見たところ巨大な鉱物だ。大規模な砂塵の嵐が須弥山で起こるとはまず考えられない。
「まさか」
予感は的中した。
川の流れのように集まった砂の塊が、やがて人の形を成していく。現れたのは風影・我愛羅その人だった。
「我愛羅!お前も来てくれたのか!」
「ナルト ここを通すわけには行かない」
「…?」
我愛羅の返答にナルトの笑顔が消えていく。
「カカシはそれを望んでいない」
「何言ってんだ!カカシ先生をほっとけるかよ!」
「カカシの思いが分からないのか」
我愛羅は片手を眼下に翳しチャクラを練った。
「そんな 我愛羅まで」
「きゃああ!」
「!!」
足元の道が一瞬にして砂に覆われ、私たちは前方から一気に後方へと押し流されていく。手に取れば指の間をすりぬけていくような砂塵も、我愛羅によってチャクラを練りこまれれば強靭な圧力を生む。巧みに操られては成す術がない。
急カーブを曲がりきれず、私とサクラ、サイの体は空中へと投げ出された。
なんで?シカマルたちに諭され、挙げ句の果てに我愛羅にまで止められる。カカシ先生がそれを望んでいないとみんな言う。
先生が本当にそう言ったの?
里もカカシ先生もどっちも大切で必要なのに、今、片方を護るにはもう片方を手放さなくちゃいけない。あと少しで手が届くのにどうしてだめなの?
「シズク!諦めんじゃねェ!!」
砂嵐に目を閉じかけた瞬間、頬をひっぱたくような強烈な声がした。
「!」
声の主はナルトだった。ナルトは多重影分身で私たちを引き摺り上げ、もう一度叫ぶ。
「とらわれんな!!カカシ先生の教えを信じるんだってばよ!!」
横っ面を叩く強烈な喝だった。
私は背中にチャクラを一転集中し、開いた半物質の羽でナルトの腕からサイとサクラを引き受けた。そのまま飛行して砂の及ばない崖まで避難する。宙に浮かぶ岩を足場にナルトは一人、いや数十人で我愛羅に立ち向かっていった。
「ナルト!ボクたちも!」
「みんなは先に行け!」
「でも!」
「ぜってーにカカシ先生を一人にすんじゃねェ!!」
「ナルト……」
「忍の世界でルールや掟を破るやつはクズ呼ばわりされる。けどな、仲間を大切にしないヤツは…それ以上のクズだ」
私たちが今すべきはナルトの背中を見届けることじゃない。たとえ里の明日がかかってても、カカシ先生の命と引き換えに未来を選ぶなんてこと、絶対にしちゃいけない。あの先生が許さない。邪魔になるなら理性なんていらない。
もう二度と。
二人を掴んで羽を羽ばたかせ、私は須弥山へと続く道に飛来した。
もう一度。
「サクラ!サイ!急ごう!!」
シカマルにひどいことを言って傷付けたとき、私の胸は激しく痛んだ。先生ももしかしたら同じだったのかもしれない。
私は以前里抜けを決意したとき、心のどこかで誰かが追ってきてくれることを望んでた。ひとりにしないでって。
先生も同じなら、きっと待ってる。私たちに追ってきて欲しいって気持ち、ほんのひとさじでもあるなら見せて。カカシ先生。
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