▼06 虚しい仮定

里抜けを画策したシズクを連れ戻そうとしたことがあった。あんときは必死で、本気で追跡し、マジ喧嘩した上で終いにゃ告白までした。思い出すだけで頭を掻きむしりたくなる出来事だ。
けど、こっちの手の内全部さらけ出さねェとアイツは引き止めらなかった。逆に言えば、手段さえ全部投じればアイツが帰ってくるっつー妙な確信があった。だから最悪の想定が保留できんだろう。

《シズクが里と決別した場合、オレは一体どうするか?》
この仮定を。

あんときはオレがシズクを引き留めた。
立場は入れ替わり、今度はシズクがカカシ先生を引き留めようとしてる。カカシ先生がもう戻らないと知った上で、オレはあいつらを止めさせる。




「お前ら!」

カカシ先生が最初の門を通過したところで、追跡班はようやくナルトたちに追い付いた。
ナルトとサクラの脇にはシズクが並び立っている。お前、やっぱナルトたちに同行してたんだな。

「ナルト、サクラ、シズク。掟によりお前たちを里に連れ戻さなきゃなんねェ」

仲間同士の衝突はこうして対峙すると余計に厄介に見えてくる。

「シカマル…カカシ先生が何者かに操られて里を抜けちまったんだぞ!?」

「お願い、私たちを行かせて!」

「ダメだ!はたけカカシに関わるな!それが綱手様の…火影の命令だ」

里の長である五代目がそう判断を下したんだ。そう決まったなら非常事態下でいつまでも仲間同士で揉め合ってる暇はねェ。

「……ああ 確かに里のルールを守れないヤツはクズだ」

ナルトの言葉に、オレは構えていた影真似の印を解く。
僅かな間。
ナルトの荷物から取り出されたのは、歪にゆがんだひとくくりの鈴だった。

「でもよ!最初の演習の時カカシ先生が教えてくれたんだ。仲間を大切にしないやつはそれ以上のクズだってな!オレは最低のクズにはなりたくねェ!」


……最低のクズ、か。

「あの!カカシ先生が誰かに操られているというのは本当ですか!?」

余計な詮索で隊の方針がバラバラになるのを懸念して黙ってたが、流石にウソは吐けねーな。

「……ああ。カカシ先生は敵にわざと操られ、その懐に飛び込もうとしてる」

「それを知っていたらボクだって、ナルトくんと同じことをしてましたよ!!」

「同じく!」

「オレだって出来りゃそうしてる。だが…それしか里の未来を救う方法がねェんだ」

里の未来のため。じゃなきゃ他の仲間全員連れて追ったりしねーよ。
呟けばすぐに、ピリピリと空気を伝うチャクラの感覚があった。
既視感がある。肌に刺さるような痛みだった。



「方法がないなんて…そんなの 勝手に決めないでよ」

沈黙を破ったシズクは髪を逆立たせ、血管を浮き出るほど強く拳を握っていた。
腕を取り巻くチャクラが白い炎に変わる。
完全にキレてやがる。
そもそも感情の起伏に激しいあいつの、その余波がチャクラコントロールに影響を及ぼすことを失念してた。シズクのチャクラは練られた密度によって性質が異なる。通常ならなんら害のない低温の“癒し”の炎。だが高密度に練られれば触れた相手の細胞速度を加速させる、いわば“腐敗”の豪炎だ。
そして周りに満ち始めたのは明らかに後者だ。
一度でも沸点を超えると手がつけらんねェな、コイツは。

「私たちは里に反逆する気なんてない!先生の教えを守って、ただ助けに行きたいだけなの」

「シズク落ち着け、話を……」

「止めるんなら、みんなでも手加減しないから」


こちらを射抜かんばかりの瞳。曲げられた唇。ガキみたいな顔だ。聞き分けろよ。んな顔したってカカシ先生はもう戻らねェんだよ。お前たちには悪ィが、ここはオレも筋を通させてもらうぜ。

前方に目を見張っていたその時、突然の地鳴りで枝が揺れ始めた。


「…!散!」

間髪置かずに地面を突き破ってきた何者か。卑留呼の配下の忍だろう。
クソ、敵味方あれど小隊の利害関係が一致してるってのにまた厄介なのが現れちまった。突然の奇襲によって、ナルトたちとオレたち追跡班は引き離された。



*


ときどき考えるの。
《鬼哭の一件であのまま里を抜けていたら、私はどうなってたんだろう?》って。

あのとき里抜けしてたら、多少の時間差があったとしても私は近いうちに死んでいたんだと思う。追い忍部隊やダンゾウ、第三者、或いは自らの手によって。里を離れて生き長らえることは私には不可能だ。


炎で敵の触手が無惨に塵と化していく音がした。 交戦する爆発音も耳に届く。
でも立ち止まらない。卑留呼の手下が現れてシカマルたちの行く手が阻まれてる内に、少しでもカカシ先生との距離を縮めなくちゃならなかった。門を潜る度に更なる刺客が現れては皆が戦闘にもつれ込む、それをサイクルのように繰り返した。何度となく執拗に。
しかし薄暗い峡谷にさしかかったところで、私たちはとうとう追っ手に追い付かれてしまった。


「お前ら聞け!」

9人と一匹いた追い忍隊は、シカマルといのとチョウジ君だけになっていた。

「敵が次々と迎撃してきたってことは、カカシ先生がそれだけ重要な存在って証拠だ。つまりカカシ先生の読みは正しい。だからその読み通りにやらせてやるべきじゃねェのか!」

「そんなことは関係ねェ!」

ナルトは断固として、走る速度を上げる。

「この分からず屋が!」

空にはまたしても敵の姿があり、厚い雲に覆われた空を旋回しながら地上に散弾を浴びせかけてくるのだった。シカマルがしびれをきらして舌打ちをした。

「オレだってカカシ先生を助けてェんだ!だがその為に里の皆を犠牲にするわけにはいかねーだろーが!」

ナルトと私の前方へ足を早め、シカマルがさらに語を荒くした。厳しい顔を向けられて視線が交錯する。

「シズク、お前もいい加減にしろよ!カカシ先生の意思を尊重してオレたちは里に帰るべきだ。カカシ先生もそれを望んでる」

「やだ…やめて、やめて!」

今の私はきっと駄々をこねるこどもみたいにシカマルの目に映ってるんだろう。
自分が今回のカカシ先生のことでまるで周りが見てないってよく判ってる。口を噛み締めて睨むのもそう、幼いままの私。対してシカマルは一人前の忍の顔だった。今の里の現状をどれ程深く憂いているかも判ってる。
でも大切なの。
カカシ先生と里の未来、選んだりすること自体、間違ってるよ。


「シカマルだって、これがアスマ先生だったらこうするでしょ!!?」


気付けば飛び出していた言葉にハッと口を閉ざした。



「……あ、」

咄嗟に漏れた本音が、その名前が、シカマルにどう響くかを後から自覚した。二の句を告げない私の頭上に、空から閃光がさす。太陽ではない作為的な力で、次に目を開いたときには私たちは地から足が離れていた。

《私が里抜けしたらどうなってたか?》はナンセンス。
ならばこの仮定はどうだろう。
《私が抜け忍になったらシカマルはどうしていたんだろう?》
シカマルは私を始末する役回りになってたか、それ以上関わりが無かったか。いずれにせよあまり想像したいものじゃない。
但しこれだけは断言できる。
シカマルは私を追って里を捨てたりはしなかっただろうって。

眩しい光の中でも、シカマルの痛切な表情は目に焼き付くようだった。

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