▼05 これは命題
“今向かい合っているはずの人”が瞬きの間に忽然と姿を消し、強引に拭い去られている。詳細を私は語ることが出来ない。
あたえられた呪詛を頭の中で数回繰り返す。なるべく正確に。「もう卒業だ。もうオレには甘えないで。シズク」するどい刺を持つ言葉。「今まで黙ってたが…オレだって困るんだ。いつまでもお前に付きまとわれるのは。オレは父親でも兄弟でも恋人でもない。ただの先生でしょ。いつまでもお前にくっつかれてると新しい出会いもないしさ。…お前さ、オレに依存しすぎてるって思ったこと…本当にない?」冷淡な半月の瞳。「オレを選ばないならもうお前に用はないよ」赤い光彩にまわる勾玉。
「写輪眼で眠らされたんだ、私……でも、カカシ先生が里抜けなんて そんなまさか」
「ホントなんだってばよ!門を出てくのを見たんだ。カカシ先生は誰かに操られてるみてーで、なに言ってもなんも答えてくれなかった」
「操られてる?」
「綱手様のとこでシカマルもそう言ってたわ。シズクもカカシ先生に会ったんでしょ?変な様子はなかった?」
サクラが問う。
あれは唐突で不自然極まりない会話だったけれど、紛れもなくカカシ先生本人だった。
「操られてる様子はなかったけど……いつもの先生らしくはじゃなかった。ナルトの言った通りなら、私と別れてすぐ後に何か異変があったのかも」
あの勧告は里抜けに関わる何らかのアクションだったんだ。
カカシ先生の言ったことは完全なる虚言ではなく、半分か1割か、そこには本音が含まれている。あれがまったくの嘘なら私もショックで愕然と立ち尽くしたりしない。
好きだと言ってくれたカカシ先生に応えられず、私はシカマルの手を取った。ただしシカマルを選んだ後も、親でも兄弟でもなく古い知り合いであるだけのあの人に依存して甘えて、果てには護られ続けてきた。
カカシ先生は里を抜けた。
おそらくは今回の卑留呼の一件絡みで、たった一人で“何かする”ために。
バカ。カカシ先生のバカ。
付きまとうなとか、甘えるなとか言っておいて、どうしてあなたがいなくなるの。
悔しくて堪らない。
あのとき動転せずにきちんと追及できていたら少しは違ってたんじゃないの。
バカは私だ。この大馬鹿者。
「まだ間に合う!ぜってー間に合わせる!カカシ先生はオレたちで連れ戻すんだ!!」
「一緒に行きましょ!シズク!」
サクラの話によれば、カカシ先生は既に抜け忍の扱いを受けてる。彼を追うならば、里の掟を破る琴似なる。私たち三人揃って犯罪者の仲間入りだ。
数年前に一度、私は精神的に追い詰められて本気で里を抜けようとした。追ってきてまで引きとめてくれたのはシカマルだった。
私たちがカカシ先生をひき止めようものなら、里のみんなが―――シカマルが、きっと仲裁に入るんだろう。それを思うと胸が痛むけど、行くしかないんだ。
「うん、行こう」
拒絶の真意は判らない。でもカカシ先生はあんな風にむやみやたらに人を傷付けたりしないし、あっさりと里の仲間を見限る人じゃない。私の知ってる先生は“それ以上のクズ”じゃない。
ねえそうでしょ、カカシ先生。
ゴメン。私たちこれから里の掟を破るけど、先生の教えは守るから。
まだ夜明けは迎えてないとしてもかなり時間が経過してしまっている。
いそがなくちゃ。私は枕元の額あてをキュッときつく結び、忍具ポーチをセットしながら窓の桟に足をかけた。
*
「綱手様!うずまきナルトが牢を破りました!」
「何ィ!?」
「どうやらサクラが手を貸したようで…!」
「…!」
サクラの奴、オレと五代目の会話に聞き耳立ててやがったな。だとすりゃナルトだけじゃねェ。シズクのとこにも行ってんだろう。
「どいつもこいつも…」
ったく、クソめんどくせーことになりやがった。
「五代目様 ここはオレに任せてもらえないすか。めんどくせーけど、これはオレの仕事のようっす」
五代目はひと呼吸置いて頷いた。
「判った。ナルトとサクラの件はシカマル お前に任せる」
カカシ先生の後を追うナルトたちを連れ戻す。それはオレの仕事だ。理由はあの人に頼まれちまった義理だけじゃねェけど。
任務前に覗き見たアイツの部屋は、案の定もぬけの殻。額あても忍具ポーチもなくなっていた。
半日目覚めねェって言ってた癖によ。
もっとしっかり眠らせてやってくれよな。
オレの召集を受けて隊員が出揃った頃には既に空は白んでいた。戒厳令下でこの時間に出歩くことは許可されてない。青い光が差す石畳の道に、合わせて9人と一匹分の影が浮かび上がる。
「皆集まってるな。これより綱手様の命によりナルト、サクラ、シズクを捕らえ連れ戻す」
仏頂面でそう切り出せば、リーたちは顔を見合わせていた。
「ちょっと待ってください!どういうことですか?それは!」
「綱手様の伝令は聞いてるな。その言いつけを破り、三人はカカシを追っている」
「綱手様はなぜカカシ先生を追うなと?カカシ班の三人からすれば、追おうとするのが当然だと思うんですけど!」
その意見も又正しい。
本来なら五代目だってカカシ先生にこんな役回りさせたかねェんだ。だが火影がそう判断を下したなら、オレたちが入り込む余地は一分として無い。
「細かい詮索はやめろ」
とだけオレは返した。
「そんなこと言われてもボクは納得できません!」
「リー、やめておけ」
静観していたネジが口を開く。
「火影の命令である以上、オレは隊長のシカマルに従う」
「でも」
「オレも従う。何故ならそれが木ノ葉の里の掟だからだ」
ネジの意見にシノも賛同した。
そうだ。それが里の掟。木ノ葉の忍としてのルールだ。
「とにかく時間がねェ。移動しながら各班の編成を告げる。行くぞ」
理想だけじゃオレたちにゃ今の木ノ葉を守れねェ。最小限の被害で木ノ葉を救える唯一の道なら、オレは従うまでだ。
師匠から託された里の未来のためなら、必ず遂行してみせる。
たとえそれが胸糞悪ィ任務でも何でも。
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