▼03 夏の大三角形が消えた
古い友人に別れを済ませ、里の中心部へ合流する道に差し掛かったところで オレはある忍と鉢合わせした。
「誰かのお参りっすか」
こんな時間に墓参りとはね。シカマル、お前とはホントに気が合うよ 内心苦笑いしそうになった。
「ああ まあな。お前、アスマの」
「ハイ」
雲隠れした月明かり。シカマルは形見のライターを鳴らし、道標の火を灯す。
「アスマから託された言葉を実行するため…オレは命懸けで木ノ葉の里を守る。それだけっすよ」
歩み出した背中は一人前の忍のそれだった。
同期の忍たちの間でも シカマルは頭ひとつ飛び抜けてる。不死身の能力者、“暁”の一人を手玉に取り師匠の仇討ちを実行。戦争を知らない今の世代でそれを最後までやり仰せる忍が一体何人いるだろう。
生来の賢さだけじゃ精神力は備わりはしない。シカクさんの背中に、アスマの背中。二人の存在がシカマルの試みを一際強く育んだんだろう。
命懸けで木ノ葉の里を守る、か。それがお前の火の意志か。
いい忍になったな。
お前になら安心して頼めるよ。里のことも、他にも。
「なあシカマル」
「なんすか?」
視線に気付いたシカマルが怪訝そうに体を傾ける。
「いやね ちょっとナルトへの伝言を頼まれてくれないかな」
「直接自分で言やいいじゃないすか」
「いやあ……そうもいかないんだ」
含ませた言い方をすれば、シカマルは眉間にシワを刻んだいつもの顔で振り返った。
「面倒に巻き込まれんのは勘弁すよ」
「お前 相変わらずシビアだな」
*
深く追及されないようシカマルには要件だけを伝えた。
そのうちに、近づいてきている気配には気がついていた。
本当に運が悪いというか、間の悪いタイミングで現れるね。お前は。
「あれ……?」
忍サンダルの音が響くまでの距離になってから顔を向ければ、オレとシカマルを交互に見、瞳を丸くして立ち止まったシズクの姿に焦点が合う。
「シカマル、カカシ先生。二人揃ってお参りなんて珍しいね」
「たまたま会ってね。お前こそこんな時間にどうしたんだよ?」
「私は……その、カカシ先生に聞きたいことがあって」
こんな夜更けに用事。どうも偶然の巡り合わせじゃないらしい。
「二人は何の話してたの?」
例の術式については火影様とオレだけが真実を知っている。五代目がシズクに機密を漏らすとは考えにくいし、シズクは何かで勘繰って、オレに先の卑留呼の件について問答へ来たってとこだろう。
そうと分かった以上は、やっぱりオレは知らん顔して離れてくわけには行かないみたいね。
「ちょうどお前の話をしてたところなんだ」
シカマルよりはやく先手を打てば、シズクはまた不思議そうに首を傾げた。
「私?」
「いやね、オレももう冗談半分でお前たちをからかうのやめようと思ってさ」
「……?」
「お前たちはれっきとした恋人同士なんだし、水をさすのもそろそろ飽きたなって」
シズク、これからオレの言うことをよく聞いて。
よく聞いたらあとは オレのことはきれいさっぱり忘れて欲しい。
「もう卒業だ。だからオレには甘えないでくれ。シズク」
大切にするより突き放す方がよっぽど容易いなんて皮肉だ。
刺々しく伝えれば、オレの言わんとしてることが冗談や軽口ではないことを理解したシズクから笑顔がみるみるうちに消え、反対に困惑で染められていく。
「……カカシ先生…?」
「今まで黙ってたが……お前さ、オレに依存しすぎてるって思ったこと 本当にない?オレだって困るんだよ。いつまでもこんなふうにお前に付きまとわれるのは」
違う。本当はお前のことを手放しなくはない。けど、お前のためにもオレのためにもこうしなきゃいけないんだ。
「オレは父親でも兄弟でも恋人でもない。ただの先生でしょ。いい加減困るんだよね」
シズクの表情に戸惑いと懐疑が現れ、入り交じった感情は彼女の反駁を足止めしていた。
「いつまでもお前にくっつかれてると新しい出会いもないしさ」
頑として毅然に。
そう、深く食い込む棘を。彼女がオレを許さないような言葉をできるだけ選べ。
「カカシ先生、流石に言い過ぎじゃ、」
「お前は黙ってて頂戴」
シカマルを制し、さらに容赦のなく嫌悪の雨を無言のシズクに浴びせた。
「オレを選ばないなら もうお前に用はないよ」
そうしてようやくシズクに充分なまでの隙が生じた。オレは素早く額宛てを押し上げ、写輪眼のほうの瞳でシズクの両目を捉える。回る赤い目の勾玉紋様を、涙の膜の層が張り出した彼女の瞳に確認できる。完全に動揺しきったシズクを催眠眼にかけるのは至極容易かった。
「シズク!」
シカマルが叫ぶ。
シズクの左右の瞼は最後までオレを見つめて、重たげに閉ざされていった。意識を失って膝から力の抜けたシズクの体を両手で支え、抱き上げた。垂れた頭がカクンと胸元に凭れかかる。
ふせられている双眸も、あどけなさは影を潜めていた。随分と重くなった。大人になったんだな。
「催眠眼で眠らせただけだ」
オレは彼女をシカマルに差し出した。
「きつめにかけといたから、少なくとも半日 良くて1日は目を覚まさないだろう。……あとを頼むよ」
欲を言えばたった今吐いた下らない嘘を撤回して、一度で良いから抱きしめたい。その髪に額に瞼に頬に、出来ることなら唇に口づけをしたい。このまま他の男に渡すなんて。
しかしそれが叶えばオレの決断は揺らぐだろう。里抜け後にお前に追って来られれば、オレが何をするかは判らないんだ。操られてしまえばお前を本気で殺してしまう可能性だってあるんだ。
このまま別れるのが最良の手立てだ。無意識になったオレに傷ひとつつけられないように、遠く遠くはなしておかないと。
この感情を愛とするなら、愛して愛しすぎて、その結果傷つけても自分を正当化できるまでになってしまった。これほどまでに狂おしく恐ろしいものにまで肥大して。
「何なんすか。あんな言い方らしくねえっスよ。カカシ先生」
「判ってる。悪いけど、これ以上は何も聞かないでくれ」
眉間に深くシワを刻み、先の言動を受け入れがたいとった鋭い視線でオレを見る。粗野な言い方をしても、オレの腕からシズクを引き取るシカマルの動作は、ひどく丁寧な所作だった。
「シズクにはお前がいるでしょ」
「……ずるくないスか。今まで散々邪魔しといてンなセリフ」
「それもそうだね。ま 最後だと思って勘弁してよ」
オレにシカマルにシズク。点を結べばいつも歪な大三角形。それも今日でおしまい。
「シズクの幸せは、お前が傍にいることだ。色々苦労続きだった分もこれからは幸せにしてやってくれ。充分すぎるくらい沢山ね」
シズク、オレとお前の間には、未だ広大すぎる時間と距離が広がってる。この位置はこれから縮まることはない。お前たちが新しい関係を選んでからオレは、実のところお前たちの仲を邪魔するつもりなんてなかった。たとえオレの中でまだ気持ちが変わらなくても、お前たちを茶化して、満足できていたのかも。
道化師と笑ってくれていい。だから夢のように消える。寝顔をここで見納めて、これからは遠くから見守るよ。心配はない。お前にはシカマルも、みんなもついてる。木の葉の里を守れるなら、何の未練もない。やっと見つけたんだオレはオレの死に場所を。
あと2日。オレは須弥山へ向かい、卑留呼共々“神威”で跡形もなく消える。お前の幸せを最後まで見守れなくてごめん。この里で、こうしてお前の顔を眺めるのも今日限りだ。
この命終わるその時もオレは祈るよ。
ひだまりみたいなお前の笑顔と、幸せ。
お前がお前らしくあることを。
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