▼02 動点、或いは風

《人生最後の帰郷のときお前の姿は、灰ではなく、一迅の風である》

所詮は生きてる人間のこじつけのような言葉だけど、あながち間違ってないんだろう。むしろ別れ自体を指すものなのかもしれない。春一番のように突然あらわれ、体をちぎり取る力で包み、何か奪い去っていく。気付いたら頃には亡くしものをしてる。

オビトの吹かせた風。リンの風。先生とクシナさんの風。由楽の風。エトセトラ。幾度も突風に襲われ、名前通り畑の案山子のように揺れながら、折れば向こう岸で誰かが手を振るのを探して立ち尽くしてた。


「カカシ先生〜っ!」

お前が手を振るまでは。



ナルトとサイの見舞いを終えて木ノ葉病院から出ると、頭上、三階の窓から馴染みの声がした。シズクだった。
久しぶりと思うほどに日が空いていた。最後に会ったのは、第十班が弔い合戦に出る日の明星。泣き崩れて誰かさんの名前を繰り返す姿は、見るに堪えなかった。
あのときあれだけ泣いていた彼女に、燦々とした笑顔が帰ってきている。
良かった。本当に。

シズクの晴れやかな表情に安堵しつつも、オレには気になることがしこりのように残っていた。
血継限界能力者が各国の忍里から均等に消息を断つ、一連の事件。今回の任務で失踪した忍の足取りを追っても、敵の素性は割れなかった。
各里の忍たちが狙われ 次があるとしたらそれは 木の葉の里の忍だろう。

今この里で血継限界を扱う忍者は少ない。
日向一族。
人体実験により初代火影の細胞を移植されたテンゾウ。
オビトの目を引き継いだオレ。
そしてシズクもまた、出奔は定かではないが血継限界による遺伝だということが鬼哭の事件で判明した。
他の忍か。はたまた、今オレに手を振ってる彼女か。
やや置いて、オレはシズクに一回だけ手を振り返す。敵の手にかかる危険があるならばオレが取るべき方法は一つだった。


別れはこんな風に突然やってくる。次はオレが風を吹かせる番みたいだ。
お互い黙っていた気持ちをはっきり伝え合い、それきりシズクは、オレに悲しそうな笑顔を向けなくなって。シズクはオレの一番で、シズクの一番はオレじゃない。だらだらと引き伸ばされる物語なんてのは、大体が小噺の繰り返しさ。大団円なんて夢のまた夢だ。オレの人生、また然り。
それでいい。
ナルトとサイ、サクラには、遠回しだが別れは済ませた。だけどお前だけには何も言わずにいたい。さよならなんて告げたら、お前の笑顔に雨が降るかな。

なあ、こんなだらしないオレへの餞に、あと少しだけ手を振ってくれないか。



*

蝶々のはばたきすら奪ってくような、いやな突風がいつの間にか吹きはじめてた。
木ノ葉の通りでは飲食店から湯気が立ち込めている。鮮魚のたたき売り。一楽のスープの匂い。小さなこどもたち、首にくくりつけたマントを翻して走っていく姿。
こんなに平和なのに、誰かがひいた小さな引き金で戦いはやってくるんだ。

ヒルコという忍の第四次忍界大戦開戦布告から一夜明け、綱手様は戒厳令を発令した。

「本日只今 我が里に戒厳令を発令する!皆も承知のように、今回起こった卑留呼なる忍の一方的な宣戦布告により、我が里は未だかつてない危機的状況に陥った。いつ何時他の里よりの攻撃があるかもしれん。心しろ!」

医療忍者たちは慌ただしく闊歩し、入院中の忍たちのケアに努めている。一方、私は医療班の編成を組み直し、小隊に派遣した仲間たちを早々に見送ったところだった。
皆、何事もなく帰ってきて。
そう願って。


「お!シズク!」

「ナルト、退院おめでと。でも無理は禁物だからね」

「わかってるってばよ!」

サイより一足先に退院許可が降りたナルトは、嬉々として荷造りに取りかかっていた。
替えの服、トランプにマンガ、カップラーメン。たった数日だけの入院にたくさん荷物を持ってくるあたり ナルトらしいなぁ。
ふと、蓋の開いた四角い箱目が止まった。

鈍い光を見せる鈴に。

「ナルト、これ……」

「ああそれ、カカシ先生が寄越してきたんだってばよ!壊れたから治せってよ!ったく先生 自分でやれってえの!」

「修理?」

からからとうまく鳴らない鈴を揺らしてナルトは文句を言うけれど、なにか引っ掛かる。
下忍の合否判定演習で使われるこの鈴は、師匠から弟子へと代々受け継がれてきたものだって、以前先生から聞いたことがある。三代目様から自来也様へ。自来也様から四代目様へ。そして四代目様からカカシ先生へと。
それが今、ナルトの手にある。

「……ねぇ、鈴を貰ったとき、カカシ先生に何か変わった様子なかった?」

「へ?んなこと言われても、カカシ先生ってばいっつもヘンだろ」

「まあそーだけど……」

やっぱり何かがおかしい。
大切な代物を、カカシ先生はどうしてナルトに預けたの?
胸騒ぎを払拭できない。
まるで、暗雲が立ち込める雲の隙間にもっと危うい何かが詰まっているみたいに。

やっと訪れた平穏に影がさしてきていた。

*



雲間に三日月の光が差し込む夜。
暗い手元でライターを灯し、愛用していた煙草に火をつけてやる。
前よりも日が落ちるのが早くなったし、夜も冷えるようになった。鈴虫も鳴いてる。目の前に刻まれた名前も明るくなったり暗くなったり、目まぐるしい。

紅先生は元気で、万事順調らしい。お腹も膨らみはじめてきたらしいぜ。木ノ葉丸も逞しいもんだし、いのもチョウジも相変わらずだ。だからこっちは何も心配いらねェよアスマ、と本来は報告したかった。

「アスマ 今里は未曾有の危機に曝されている」


各国の血継限界を持つ忍が行方不明になっている例の事件が、いつの間にかこんな大問題に発展しちまった。卑留呼だかいう忍のせいで木ノ葉はとんだ濡れ衣を着せられ、気付けば忍界大戦勃発まで一触即発の状況だ。


「そういや…“玉”のあの話…アレが誰だか…教えてやる…耳貸せ…」

「!アスマ…あんた…だから…」

「…頼んだぞ……シカマル」


オレはアンタから火の意志を譲り受けた。アンタが“玉”と呼んだ、木ノ葉の里の未来を担うこどもたち。それだけじゃねェな。里に生きる市民、オレの仲間たちや家族。そして大切なヤツも。ここで終わらせるわけにはいかねェ。


「今度はオレの番だ…アンタが命を懸けて守った“玉”、必ずオレが守って見せる」

ライターの火が風に煽られては消えて、また新しく灯されるのを待っていた。


共同墓地から退くために、階段へと踵を返す。
このときのオレはまだ知らない。同じくカカシ先生が慰霊碑から里の道へ足を向けたこと。そしてシズクが木ノ葉病院を出てこちらに近づいていたこと。

非常にアンバランスな三点がそれぞれ動き出し、そのうち交錯することをまだ知らない。


*


何かにつけていつもこの場所に来るから、最後もここと決めていた。誰もいない夜の慰霊碑。風が冷たい。

「オレはお前たちを守ることができなかった…しかし木ノ葉隠れの里は オレが必ず守るよ」

オビト、リン。

刻まれた名前を眺めて誓う。
そう密かに。確かに。

なぁ、オレはやっと見つけたような気がするよ。

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