▼37 揺らぐことなく

トネリは彼方へ消えていった。それが奴の落とし前だった。

元来た道を辿り最初の洞窟まで来ると、月と地球とを繋ぐ空間が閉ざされようとしていた。こっちはこっちで撤収を急がなきゃならねーみてェだな。


「もうお姉ちゃん!いつまで話してんの?先に行くからね!」

「ハ、ハナビ、ちゃんと見えるの?」

「うん!サクラさんのお陰だよ」

早々に完治したハナビは、サクラの腕に抱きついて笑ってる。

「よかった……」

ヒナタは涙ぐみ、サクラに何度も頭を下げていた。
気持ちは分かるが、おしゃべりはひとまず脱出してからだ。

「早くしろ!空間が崩壊し始めてる」

最初に通過してきた闇の道を今回は逆に遡ることになる。 オレは皆を急かして頭上を見上げた。隊員を取り零すわけにはいかねーから、先にサイ、サクラ、ハナビを通した。しっかしこんなときにまでナルトとヒナタは話に花を咲かせてやがる。今あの二人にはあまり近づきたくはねェな。

緊張が途切れて皆笑い合ってる中、最後尾の隊員に目を向けると、シズクは黙ったまま 一人泡球を見つめていた。歩みもゆっくりで、ナルトとヒナタほどじゃねェが隊から遅れを取ってた。

「どうした?」

オレは歩を遅めてシズクに呼び掛けたが、向こうはただかぶりを振るだけだった。

「大丈夫。なんでもないの」

真っ赤な顔をオレから逸らすように俯けるが、こいつは涙の滲む目を泡球から決して離そうとしなかった。
んな顔して、なんでも無いわけあるかよ。
オレはさらに近付いて、徐にシズクの腕を掴んだ。

「シカマル!?ちょっ、」

懸命に振りほどこうとするシズク。そうはさせっかよ。
泡球の表面には人影が写り出し、シズクの見ていた思い出が、オレの眼にも映るようになった。
すぐに詰めの一手を食らわせる。

「推測した通りだな。アカデミーのこの授業ん時、お前オレの右隣の席だったろ?」

「……!」

アカデミーの教室。小さなシズクは鉛筆をくるくると回し、何やら悩んでいる様子だった。やがて、口をきゅっと結んで、紙にこっそりと文字を書き始めた。

“奈良シカマル”


「やっぱそうか」

「なっ、なんで……?」

「その程度の嘘でオレを騙せると思ってたのかよ。舐められたモンだな」

「う、」

「悪ィがほぼ全部お見通しだ。答え合わせにこのまま記憶見させてもらうからな」


シズクは真っ赤な顔をして、再び言葉を詰まらせる。

夕暮れの公園。殴られて寝転んでるオレを、泥だらけのシズクが覗き込む。泣きそうな声で。唇のきれた情けないオレが言う。

「お前さ、あーいうの来たら、言えよ」

「でも」

「あんなやつら、いのしかちょうならヨユーだっての」

「……そーだね」

「超めんどくせーけど……オレがまもってやるから」


オレはなくした記憶の一つ一つに、最初から出会い直す。成程、納得だぜ。こいつが敵にまで情けをかける甘ったれになったのは、オレが甘やかしたせいってか。
すべてがひとつの答えに導かれる。 何よりも近く、ずっとそばにいた。それが正解だ。



「心配すんな、お前には手間は……」

「私もやるよ。いままでシカマルは私の苦しみを半分引き受けてきてくれた。私もシカマルのしょいこむもの、半分持ちたい」

重ねてられた手。

「大丈夫。私は最後までシカマルのそばにいる」


なくしたものを拾い上げる。
ひとつ。


「今日で忍も一般人もかなりの数が犠牲になる。特別じゃねえ、偶然生死がわかれてる。なのにお前が死にてェなんて泣き言言ってどうすんだよ!!生きてる奴が死にてぇなんて贅沢なこと言ってる暇があんなら、ひとりでも多く治せよ!!助けてやれよ!!そんなに死にてーんなら、いつか殺してやる…お前がババアになったらな。だから今死ぬな」

またひとつと。


「……シカマル……わたし…生きてていいの……?」

「めんどくせー事聞くなよ。答えが見つかんねェならオレのために生きりゃいいだろ」

数えきれない程に。

オレの家の前。軒先で一歩踏み出すのを躊躇ったオレの横顔を見、微笑んで、シズクが手をそっと自分の手を重ねた。

「おじさまのこと、おばさまにたくさん話そう」

「……ああ」

二人は同時に踏み出した。石畳の階段を登り、戸を引いた。


透明だった誰かの影が色づき、さっきまで足りなかった記憶の欠片が見つかった。コイツを。コイツの中のオレを。
オレの中でただ一人で歩いていた道も、二人分の足跡に変わる。

星の夜に照らされる橋としだれ柳。オレは泣きじゃくるシズクにゆっくり手を伸ばし、頭を引き寄せた。

「笑っとけ」

そして相手にだけ聞こえる声で囁いた。待ってる、と。

「うん」

つう、と最後の雫が頬を伝い、涙が止んでシズクに笑顔が広がった。

「いってきます!!!」





「お前の記憶、オレばっかだな」

「だ、だって」

「仕方ねぇか。ずっと隣だったんだしな」


オレのやはり隣で、気づけばシズクは大粒の涙を溢していた。マジで泣き虫だな。こんな爆弾みてェな女とどーやって付き合ってたんだか 我ながら関心するぜ。

めんどくせーが、男に二言はあっちゃならねェからな。
半分こなんだろ。分けろよ、その感情。これからもお前の役は続くんだからよ。
どうしようもない気持ちに内心呆れながらも、オレはシズクの手首を離した。


そしてとりあえず、この暗闇を通る間位はいいだろと思い、掌に握り変える。
ここからもう二度と離さず、歩いてけるように。
あつくなるほど強く。

今までもずっとこうだったんだ。こんくらいいいだろ?
ナルトとヒナタなんか、空間突き破って、満月を背景にキスまでしてんだからよ。

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