▼36 月に帰る友

カカシが望遠鏡を覗きこむと、円い視野にすっぽり収まるように九本の尾が目に入る。
九喇嘛は四つん這いになり月面を岩で抉っていた。その痕は、少々歪ながら立派な忍文字として、地球の忍たちに伝言を伝えた。

「我々は……地球は救われた!」

火影の言葉に、木ノ葉防空本部に歓声が満ちた。皆喜び抱き合い、中には涙を袖で拭う者もいる。
やがて歓喜の声は火の国から五大国、小国へ、地球全体を一様に包んでいった。

「緊急連絡!月面より任務遂行の知らせ有り!地球は、奈良シカマル、春野サクラ、サイ、日向ヒナタ、月浦シズク、そしてうずまきナルト、以上5名の手によって守られました!」

完全に停止した時計をそっと握り、弟子たちがいるであろう美しく輝く月を見て、カカシは小さく呟いた。

「オレの勘はいい方に当たるでしょ」




字は苦手だと言いながらも、一躍担った古い相棒・九喇嘛と再会し、ナルトは笑い合った。
一方、ナルトに肩を貸されて月面に戻ってきたトネリは 極限までに憔悴しきっていた。白眼の飽和は収まっていたが、未だ身体が白眼に埋め尽くされている。
サクラがハナビの眼球を治療する中、シズクがトネリの傍らに膝をつき、貼りついたままの白眼摘出の処置を始めた。眼球なき目で虚空を見つめ、放心した状態のトネリを見、シズクは治療の手を休めずに小隊長に呼び掛ける。

「シカマル」

「どうした?」

「地球に帰る前に、もう一度あの集落に行かない?……トネリと一緒に」



* * *


小隊は往路を辿り、数日前に訪れた、集落の遺跡へと再び足を踏み入れた。治療を受けたトネリを連れて。

「こ、ここは……」

地下墓地に数千の石棺が整然と並ぶ光景に、トネリは言葉を失った。

「ハムラの魂が私をここへ導いてくれました」

ヒナタの言葉に、トネリは石棺の前に跪き、深く首を垂れる。
トネリはしばらくの間閉口し、身動きもしなかった。古の分家が本来守るべきだった本家の結末を、トネリが本来果たすはずだった天命を、ようやく知ったのだった。

一同が見守る中、やがて静かに語り始める。

「お前は地球に行け。もう、大筒木の大義も、宿命も忘れていい。仲間を探し、友を見つけ、自分のために生きなさい。人間は一人で生きてはならない」

父の死後、トネリは遺言に背き、ひとり月に残った。孤独で耐え難い日々を過ごしながらも、先祖の想いや無念を考えると、どうしても月から離れる気にはなれなかったのだった。

「人間は一人で生きてはならない」
父の教えは正しかった。

「ボクは間違った。ボクは父の遺言に背いたからね……」

今まで心の奥底で鍵をかけていた父の最後の言葉がトネリの中で鮮やかに蘇り、一方で重くのしかかる。

「トネリ、今からでも遅くはないわ……お父様のご遺言に従って一緒に地球に行きましょう。地球の皆は、必ずあなたを迎えてくれる」

「……ボクは月に残る。ここで……罪を贖う」

そう言い、トネリは立ち上がった。

「トネリ…」

「もう月が地球に落ちることはないよ。永遠にね」

ナルトたちに背を向け、どこかへと歩み去ろうとするトネリを、シズクが引き留めた。

「トネリ!」

シズクはトネリに向かい合うと、そっと掌を陥没した彼の瞼に翳す。
手にはチャクラが溢れ、トネリの顔面を明るく照らす。
次第に、瞼の裏に柔らかな凹凸が現れるのが、影の移り変わりによって本人以外にも理解できた。

「瞼を開けてみて」


トネリはそっと眼を開き、思わず口を開いた。

「これは……!」

「前にも言ったでしょ。医療忍者として患者は見逃せないって」

真新しい眼でトネリは世界を見る。
転生眼ではないけれど、くっきりと鮮明に、トネリの脳に色彩をもたらす眼が それぞれの瞼におさめられていた。
ぎこちなく視線を写せば、ナルトの隣で満ち足りた微笑みを浮かべるヒナタを見つけた。愛する人の隣に立つ喜び、あたたかなで穏やかな幸福に満ちている彼女の表情。

これが、世界で最も美しいもの。

操り人形ではない本物の笑顔を、トネリはようやく拝むことが出来た。


「……お節介な奴だ」

そう呟き、灰緑の袈裟に手を入れて、トネリがあるものをシズクに手渡した。幽閉していた際に彼女から奪っていた忍具ポーチや刀の一式である。

「これを キミに返す」

手渡されたシズクは、礼を言って微笑んだ。そしてしばし別れる友に言うように声をかける。

「必ず……その眼で見に来て。待ってるから」

陽向の匂いがする土。
塩辛い海波に、葉を濡らす雨だれ。
月明かりの下に眠るこどもたち。
変わらないものはないからこそ、今この一瞬をまたたきも逃さずに見つめる。
地球とは、そういうところだ。

「その眼で新しい世界を……次に何が起きるか確かめて」

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