▼35 月下の決着
「大変です!月面に九尾がいます!」
時同じくして、木ノ葉防空本部に新たな情報が入った。
「九喇嘛が月にいるだと?」
天文方の報告では、月面で九喇嘛が動く石像と戦っているというのだ。
カカシはつい数十分前に救護所で聞いた日向ヒアシの言葉と、天文方の報告とを頭の中で並べる。自分の娘たちが月にいる、だから月を消滅させるな。ヒアシは尻すぼみになりながらもたしかに言ったのだ。
九喇嘛が月にいるということは勿論ナルトや仲間たちがそこにいる筈。
「月面を監視しろ!九喇嘛から目を離すな!それと――」
カカシは天文方に命じ、さらに情報係のいのへ指令を下す。
「再度、五影に緊急連絡を!」
「なんだこんなときに!」
チャクラ砲の完全充填が残り僅かに迫った時分で召集がかかり、雷影は苛立ちを覚えていた。
「時空チャクラ砲は止めて下さい。ナルトたちが月にいます」
「何ィ!?」カカシの報告に他の影は目を見開く。
「頼む。月の接近のタイムリミットまでまだ一時間はあるはずだ」
「止むを得ん!ナルトには気の毒だが、地球の犠牲になってもらうしかない」
苦悶の後、雷影は冷酷に宣言する。もし仮に立場が逆で、自分や自分の部下が月にいたとしても、雷影は時空砲を使う決断をしたであろう。忍たるもの、命を懸ける覚悟なくしては戦いには挑まない。時に犠牲を払いながら世界を守る、それが“今まで”の忍の戦い方だった。
「雷影殿…オレからも頼む。一時間だけ待たないか」
最初にカカシに賛同の意思を示したのは若き風影・我愛羅だった。
「私も賛成です。ナルトは先の大戦の英雄。賭けてみる価値はあるかと」
水影も支持を表明する。重鎮の土影は黙りを決め込んでこそいたものの、三人の影が賛同しあう現状でその沈黙は“是”であった。
「たった一時間でいい。その一時間でアイツらは自分たちの未来をその手で必ず切り開きます」
「根拠は!?」
雷影の質しに、六代目火影は毅然とした口調で答えた。
「オレは部下を信じてる。信頼がなけりゃ、危険な任務なんか出しやしませんよ」
カカシの部下たちはもうこどもではない。ずっと前から、いつの間にか守られる側から卒業して仲間たちを、そしてカカシをも守る側になっていた。
教え子たちの力は自分が一番よく知っていた。時として 信じる力が彼らの力になることも。
お前たちならば必ず。と。
*
竜巻の威力が収束したころ、サイサクラがシカマルの元へと合流した。
「ナルトとヒナタは?」
「竜巻に連れ去られた。追うぞ!」
一同は旋回し、人口太陽の裂け目から月面へと向かう。
「いた!11時の方角!」
シズクの指差す方角で一瞬の閃きがある。
「ボクは正しい!ずっとずっとたったひとりで考え抜いてきたんだ!間違ってるはずがない!」
間を置かずして無数の螺旋丸とトネリの技がぶつかり合い、互いを弾き合う。
「オレは敗けねェ!地球の、里の、仲間の未来を守る!ぜってー敗けるわけにはいかねんだってばよ!」
トネリは踏みとどまり、チャクラの数珠を一つに繋げ縦に引き伸ばしていくと、巨大な一振りの剣を形成した。
長大な光の剣がナルトを襲い、月の表面をも切り裂いていく。衝撃によって、シカマルたちも煙に巻き込まれて、三体の鳥が身を寄せあって爆風に備えていた。
煙の引いた月面にはトネリと檻の中のヒナタだけ。ナルトは跡形も無く姿を消していた。
「終わったな…」
確信に満ちたその呟きに、ヒナタが放心したように膝をつく。白い瞳からは幾筋もの涙が溢れ、頬に伝い零れる。
刹那、月の表面がみしりと動きをみせる。
「終わってねェってばよッ!」
「何!?」
「超大玉螺旋多連丸!!」
飛び出した数多の影分身が、螺旋連丸を手にトネリへ立ち向かう。
チャクラの数珠をバリアと変え攻撃から身を守る。トネリには盾の防御のため一瞬の隙ができていた。
「諦めの悪い奴だ…!」
「諦められるか!マフラーを編むには時間がかかんだ!」
その僅かな隙を逃さない。
「想いが伝わらねェ分、マフラーは長く長くなんだ!!」
「これで終わらせる!」
「終わらせてたまるか――――――――ッ!」
はじめて下忍になった日の教えをナルトは頑なに心に刻んでいた。幼い日、ネジとの戦いにおいて裏の裏を読み地中から渾身のアッパーを食らわせたときのように。
最後まで諦めることはなかった。それがうすまきナルトという忍の忍道である。
渾身の正拳を叩きこまれ、殴り飛ばされたトネリは弾丸のような速度で月の岩山へと激突してもうもうと土煙をあげている。
「…あ…ありえない…転生眼の王であるボクを…拳一発で………」
礼拝堂での言葉は破られ、トネリの転生眼からは徐々に光が失われていった。
ヒナタを閉じ込めていた鳥籠が消滅し、トネリに埋め込まれていた両方の眼球を本来の持ち主の元へ返されることとなる。
再び完全に光を失い、呼吸が荒いトネリに対し、ナルトは数歩歩み寄った。
「なあトネリ…もう決着はついたってばよ」
術が拮抗した際、ナルトにはトネリの過去が見えていた。
青い地球を見上げ、月面でひとり膝を抱える子どものころの姿。
深く長い孤独の日々。
ずっとたったひとりで考え抜いてきた、その言葉に誤りは無かった。トネリもナルトと同じく、ずっと真っ直ぐに忍道を貫く忍だったのだ。
「まだだ!」
「!」
眼球を無くし、黒い風穴の開く瞼の奥。トネリは顔をあげて不適に笑った。同時に、ハムラの転生眼破壊により月面に飛び散っていた数千数万もの白眼が振動し、とある一点目指して飛翔した。
「トネリ!?」
「この眼だ…この眼で今度こそ全てを終わらせてやる!」
集結した白眼はトネリの体に次々と吸着し、美しい青年の様相がおぞましく変容していく。
一方、墨鳥に乗ったシカマルたちもまたナルトとヒナタの元へ飛来した。
「どうなってる!?」
「もうやめて!あなたは先祖の間違った教えに従っただけ!」
ヒナタは白眼の怪物と化したトネリに必死で呼び掛けるも、もはや以前の面影はなく、自制もきかぬ姿である。
「黙れ!大筒木一族の最後の一人であるボクは、ハムラの天命を果たさねばならないんだ!」
「もうやめろ!やめとけトネリ!」
「闇に落ちた六道仙人の世界を、正義の光で破壊する!」
ナルトが息を呑んだ瞬間、頭上に大きな影がさす。九喇嘛が吹き飛ばした石像が落ちてきたのだ。
反動でトネリは空高く舞い上がり、高度は軒並みあがった。
地球の陰に隠れていた太陽の直射日光がトネリを照らし出すと、さらなる悲劇が起きた。トネリの体中に貼りついた白眼が飽和し、侵食を深めていくのだ。
「アイツの術が太陽のエネルギーを吸収してチャクラの容量限界を超えたんだ!このままじゃ…」
このまま太陽光線を浴びればトネリは溶け落ち、さらには爆発を引き起こす危険がある。
「トネリを助けなきゃ!!」
シズクは声をあげ、仲間へ振り返った。ナルトもまた一声叫び、トネリに向かって飛び上がる。
「ナルト君!」
「行くな!危険だ!」
シカマルが制止するも追い出した背中は聞かない。
「ナルト!トネリを!!」
青い地球を見上げ、これがもう最後かとトネリが思考を断ち切ろうとしたその時。空をさ迷う掌を、掴んで引っ張り寄せる手が現れた。
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