▼34 引っ張り合う力
「時計が動いてる……!」
人工太陽や傀儡が再度活動を始める気配がないところを見ると、ハムラの転生眼が原因ではない。
とするならば。
「トネリの転生眼!」
トネリが言っていた白眼の移植に関する内容を思いだし、シズクが声を上げる。
同時にサクラが叫び、空に指をさした。
「シカマル!あれを見て!」
全員がその方角に首を向ければ、城の屋根から身を乗り出すようにして岩の顔が覗き込むように姿を現した。
里の顔岩など比にならない大きさだ。巨大な石像は手を伸ばし、ナルトたちに襲いかかってくる。
「散ッ!」
ナルトはヒナタを抱いて跳び上がり、一同は跳躍して避難した。小隊が立っていた中庭は巨大な手に潰され、一瞬のうちに瓦礫の山となった。
石像の破壊力では六人の連携も力負けしてしまう。
そう考えたナルトは、自分の体に眠る相棒を呼んだ。
「九喇嘛――――――ッ!!」
「グオォォォォ!!」
空気を震わせる咆哮。地に降り立った九喇嘛が石像に掴みかかり、その隙に小隊はサイの墨鳥に飛び乗って空へと舞い上がる。
質量の計り知れない巨体が投げ飛ばされた先はトネリの城だった。荘厳な古城は石像の下敷きとなり、倒れた積み木の家のように無惨にも崩れ落ちていく。
石像は動きを止めることが無く、再び九喇嘛に突進を見せた。
力比べに負ける程度では尾獣の名が廃る。
しかし土俵は浮島の端。九喇嘛の背後は、人工太陽の殻の破けた底無しの空間であり、漆黒の宇宙が口を開けて待っている。
巨大生物二体分の重みに浮島はとうとう耐えきれなくなり、九喇嘛と石像は揉み合ったまま宇宙の入り口へと落ちていった。
「九喇嘛ッ!!!」
絶叫がこだまする。
「ナルト!トネリが来るぞ!」
シカマルの呼ぶ声でナルトは振り返る。
「もうハムラの転生眼など必要ない。この眼で地球を…ナルト、貴様の世界を終わらせてやる!」
鷲獣に乗ったトネリは、甲高い笑いを上げながらまっすぐナルトに向かってきていた。
ハナビから奪った白眼はかつての輝きを変え、二重十字の彩を放っている。ついに転生眼が発動したのだ。彼の全身は淡い緑色のチャクラの炎に覆われ、大きな数珠の形をしたチャクラを自在に操っていた。
月の表面へ落下していった相棒も心配ではあるが、あの石像に押し負ける程度の九喇嘛ではない。ナルトは向かってくる敵に焦点を定める。
「銀輪転生爆!」
トネリの放った数珠は高速回転し、やがて竜巻を起こした。
「うわっ!!」
「きゃ…!」
シカマル小隊はチャクラの大渦に呑み込まれた。すさまじい暴風に、隊を乗せた鳥たちも離散する。
だが竜巻に翻弄されながらも、ナルトとヒナタの繋がれた手は決して放れることはない。固く握り合い、気づけば二人は月面へ誘導されるように飛ばされていってしまった。
乱流の中をサイの術は持ちこたえているが、竜巻の風の威力に加え、容赦なくこちらへ飛んでくる石の塊。忍たちは印を組もうにも、片手でも墨鳥から手を離せば竜巻に体を持っていかれてしまう。
必死で眼を抉じ開け、輪廻眼の力で障害物を避けながら、シズクはやっとのことで前方を見ることが出来た。
三体の墨の鳥がそう遠くない位置にいるのを目視する。
「みんな…っ」
シカマル、サクラ、サイはそれぞれゴーグルを装着し、姿勢を低くして風圧を逃がしていた。
しかしナルトとヒナタの姿が見当たらない。
二人を探そうと、丁度僅かな視野を正面からを逸らしたタイミングで、シズクの目の前には大きな岩盤の塊が迫っていた。
「シズク前っ!!」
サクラの声にシズクが顔を戻すが時既に遅し。
シズクの体は岩の破片と正面衝突し、墨鳥から空中へと投げ出された。
「シズク―――――ッ!!」
吹き荒れる灰色の塵の中に、シズクの体は瞬きもしないうちに飲み込まれていった。
「…っ!」
岩とぶつかった傷はそこまで深くなかったが、吹き飛ばされた拍子に、自分の体が風のなすがままに小隊の墨鳥たちから離れていくのをシズクは感じた。
トネリの剣でチャクラを吸われ、パワーが足りないからだろうか。チャクラの羽を開いてもうまく制御できず、乱気流に乗れない。頼みの輪廻眼の斥力を用いてもコントロールが安定せず、むしろ状況は悪化を辿っている。
乱気流に身を委ね、飛ばされるところまでいって後から隊に合流する方がチャクラを温存できるかもしれない―――シズクがそう考えて瞳を閉ざしたとき、徐に手首を引く力があった。
細めた目でも、馴染みの姿が判らないわけはなかった。
「シカマル!?」
シカマルのふしくれだった指が、痛いほどの力でシズクの手首を握り締めている。宙に曝されたシズクの腕を掴み、自らの墨鳥へと引き上げようとしているのだった。
「掴まれ!」
叫ばれるも、シズクは手を取ることはできなかった。シカマルの操縦する墨鳥も煽られしまっているのだ。
「だめ、放して!このままじゃシカマルまで飛ばされる!」
「うるせんだよめんどくせー!体が勝手に動いちまうんだよ!!」
シカマルが珍しく半ばやけくそで怒声を飛ばし、シズクは驚いて口を噤む。
「シカマル、」
「ぐちぐち言ってねェで隣で大人しくしてろ!!それでもお前オレの女かよ!!」
「え……!?」
突風の勢いで、サイの鳥はついに墨と化して眼下へ散っていった。それと同時にシズクはシカマルに引っ張り上げられ、彼の腕の中に、強く、強く収められた。まるで抱き締められるように。
鼻を掠める懐かしい匂いで、あの雪の日を思い出す。
「シカマル!わたし、わかっちゃった!」
「は?」
「こうやって引っぱり合う力があるでしょ。これが運命なんだ」
何度だって繰り返すのだ。
突風の荒れる空中で、何度も回転しながら、二人は離れないようお互いにしっかり腕を回していた。
嬉しいなんて、こんなときに何を考えてるんだろう。
再び泣きそうになるのをぐっと堪え、シズクはひたすらにシカマルの胸に額を寄せていた。応えるように、シカマルもシズクの頭をかき抱いていた。時間が止まったように、永遠のように長いひとときだった。
*
風向きを見計らい、シズクは背からチャクラの翼を伸ばして体勢を整えた。
「みんなのとこまで移動できそう」
「よし」
これで隊と合流できる。依然として密着したまま、半ば自分へぶら下がるようになっているシカマルを支えつつ、シズクは真っ赤な顔で呟く。
「シカマル、あのさぁ……」
「なんだ」
「その、ち、近すぎるの!それに飛びにくい!」
「しゃあねェだろ!腕放したら落ちちまうし、サイに合流しねェことには墨鳥も出してもらえねぇし」
「そんなぁ」
「うるせえな!オレだって不本意なんだよこの体勢は!」
「だから言ったのに〜……っ」
やや離れた地点に流れていったサイとサクラは、くっついたまま口論する二人を発見し、その後大いに冷やかしたという。
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