▼28 Can you hear me?

トネリが自室に戻り、ヒナタはハナビの部屋に向かった。

指先は冷たく、頬も血色がいいとは言えない。時折魘されながら眠るハナビの手を取り、ヒナタはつらそうに眉を寄せて見守る。
たとえ具体的にハナビを救える手立てがなくとも、転生眼の捜索にいけない時間少しでも妹の側にいたいという気持ちが何よりも強かった。

今日も転生眼は見つけられずに、時間は刻一刻と過ぎていく。
沈んだ気持ちのままどうにか前に進まなくてはと考えていると、ふと、窓が開いた。

「……誰?」

ヒナタは肩を強張らせて警戒するも、現れたのは友の姿だった。

「ヒナタ」

「シズクちゃん!?どうしてここに……」

「静かに。気付かれる」

シズクは音も無くハナビの眠る部屋に忍び込み、窓を閉めて身を屈めた。
立ち上がったヒナタも再びスツールに腰掛け、外の見張りに見つからないように何事もないように振る舞う。

「ごめん。勝手についてきちゃったんだ」

体に怪我のあるシズクを見てヒナタは口を開いたが、シズクがその話題は不要と打ち消した。時間はない。話すべきことは他にある。

「私のせいで……」

「違うよ。これは私の独断だから。どっちみちトネリは“輪廻眼”を月に幽閉するつもりだったみたいだしね。……それよりハナビちゃんは」

シズクはハナビの顔を覗き込み、分厚く巻かれた包帯をめくって容体を看、掌仙術で体調を安定させる。

「陽遁で体の遺伝子に合わせて眼を復元することも出来るけど、白眼の力まで元通りに出来るか自信はない。トネリから目を奪い返して治すのが確実な方法だと思う」

「トネリから奪い返す…」

人から眼を抉るという残虐な行為を頭に思い描き、ヒナタは苦しげな表情で唇を結んだ。

「シズクちゃん、ハムラの転生眼がまだ見つからないの。こうしてる間にハナビは……」

「転生眼の破壊の後でもハナビちゃんの治療は遅くないよ」

牢から抜け出したシズクには時間が無かった。あと数分もすれば、傀儡忍たちがヒナタやハナビの部屋に押し入ってくる可能性も充分にあったからだ。

「別行動でいこう。私がトネリの気を引くからヒナタはその間に転生眼を探して。今はトネリの反感を買わないように転生眼を探し出すのが優先だから、見つけても無理に破壊する必要はないからね」

「でもそれじゃシズクちゃんが」

「私じゃ転生眼を見つけられないし破壊も出来ない。大丈夫、体力としつこさには自信あるからさ。それと、私に会ったことはトネリには知られちゃダメだからね」

シズクはニッと歯を見せて笑うと、再び窓を開き、片足をかけた。

「くれぐれも無理しないでね、ヒナタ」

そういうなり、ヒナタの返事も待たずにシズクは姿を消した。


* * *



《やっと来てくれた》はじめての訪問者は、トネリの待ち望んでいた人物ではなかった。

「痛むの?」

声が聞こえて肘掛け椅子から立ち上がる。
ぼやけた視野。声の方角。窓の格子には人の輪郭。何故、何故、なぜ。
白眼の姫君じゃない。

「罪人を捕らえろ!」

窓から侵入されるまで傀儡たちも気がつかなかった。配下は軽く翻る女を掴み損ね、窓から越える。役立たずめが。
空を切り取る四角い枠に白い膜の結界を張られた。二人だけ。

「罪人の身でこの神聖な城に立ち入るなど……」

「罪人罪人って そんな風に呼ばないで。私はシズクって名前がある」

気配は近付く。トネリは扉へ足を踏み出すも脱獄囚の方が早かった。つめたい扉に背を預けたシズクは頬を粉塵で汚し、破れた衣服から足元へ真紅の血を滴らせている。こんな女、動作もない。
波及する眼球の胎動に歯を食い縛ったトネリの身体もまた痛みに蝕まれていた。

柔らかい絨毯の上を小瓶がコロコロと転がり、トネリの靴にかつんとぶつかった。

「何の真似だ」

「眼の痛みを抑える薬だよ。医療忍者としては敵であろうと患者を見過ごせないから」

「ふざけた真似を。罪人が」

パリィン。
薄いガラスの割れる音がして、中の丸薬は跳ねるように瀟洒な絨毯に散らばる。文字通り踏みにじられたお節介を、シズクは無表情で見送った。


「お願い。あなたの計画は中止して」

「これは天命だ」

「地球でみんなが今をどう生きてるか、見てから判断を下してもいいんじゃない?あなたは知らない。あの地に降りたことは一度だってないんでしょう?」

「見ていたさ。お前たちの世界は、醜く争い合う、汚ならしい姿ばかりだった!」

なりかけの眼はまるで呼吸するように少し震えた。
トネリは憤慨する。必要な物はもう見たのだ。額にチャクラを集めて、暗闇も閃光のような一瞬の光も。転生眼の意匠も。愛しい姫の顔だって。


「あの星には他にもたくさんのものがあるんだよ。みんなが何を守ろうとしてるか知ってほしい。少なくとも、もうこの星にはいない“ひと”が、たくさんいる」

ここは灰色の鳥かご。ドアをノックする人もいないから、いつまでも待っている。星ひとつない真っ暗な夜は、空っぽのベッドで孤独に囲まれて眠りにつく。
シズクには判る。誰かの目を自分のものにし、呆れるまでの正義感を掲げる。ひとりで背負おうとする。誰かの気持ちを考えたことがあったかなかったかの違いだけ。あとの自分たちは鏡のようによく似ているから。
ドアから離れ、シズクはトネリへと近づくように部屋を横切った。ゆっくりと、見つめながら。見透かすように笑っている。


「あなたは見たくないものは壊しちゃうんだね。“天の羽衣”みたいに。自分の望みの他に見たいものはないんだ。でも、見たいものだけ切り取ってしまったら、あなたは一番見たいものを永遠に見れない」

確信的で揺るぎない彼女の宣言に思考を囚われ始めているのは、今やトネリの方だった。
言葉は鏡映し。彼は透明人間。
相手に自分でも知らない心の一部分を読まれたトネリは、彼女の奥底に秘められた激昂に気付くことはない。気付くことができない。見せしめに“天の羽衣”を壊しても、この女は罪を償う心がまるでなく、あまつさえ悪が自分と会話するなど烏滸がましいとさえかんじている。

「私は見た。故郷を照らす朝日も夕暮れも、暗闇も。そこに輝く小さな光。大好きな人の顔、自分が殺した人の最期も。知りたいことも知りたくなかったことも、逸らさずに見ないと、ほんとのことは判らない」

「くだらない。地球の全ては無に帰すのだ」

受け継ぐことがさだめ。
時は満ちたのだ。
扉から突入してきた傀儡たちは、シズクを羽交い締めにし、抵抗する彼女を引き摺るようにして部屋から連れ出そうとする。

「皮剥ぎでも八つ裂きの刑でも構わない。動けなくしろ。ただし殺すな」

トネリは痛みの走る両目を指で覆いながら、遠ざかる喧騒に向かって命令した。

「ヒナタの本当の笑顔を見たくないの!?幸せそうに誰かと笑い合う自分を、」

言葉は途中で事切れた。

- 475 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -