▼33 紡ぎなおす糸

奈良一族の秘伝忍術でお互いに戦わせていた傀儡たちが、一斉に動きを止め、糸が切れたように崩れ落ちた。

「なんだ?どうなったんだ?」

目の前の光景に、シカマルは印を組む指を解いた。
傀儡の異変を皮切りに、窓の外の空も途端に暗く変容する。
治癒能力で回復したシズクも立ち上がり、窓辺に駆け寄った。
見れば、巨大な人工太陽は外膜が破れ、トネリの城を乗せた岩盤が剥き出しに月界の中心部にぽつんと浮かんでいる。

「ヒナタたちが転生眼を破壊したのかも!」

「この前言ってたアレか?」

「うん。この世界も構築した力だってトネリは言ってた。転生眼が壊れたなら傀儡やここのシステムも……」

シカマルは手袋を外し、二人で掌の円盤に目を落とす。
時計は動きを止めていた。

「やったあ!止まってるっ!」

「月の問題は一安心か。しかし、好転したっつー実感がねェが」

「でもこれでみんな助かるね!」

顔を見合わせて笑い合ったところで、二人ははっとする。シズクの笑顔がたちまち強張り、すぐにシカマルから目を逸らした。目尻には再び涙が滲んでいた。
シズクの胸中を察したシカマルは、とっさに話題を変える。

「あー……お前、もう怪我の具合はいいのかよ?」

「う、うん…もう大丈夫」

「そうか。…とりあえず一旦外に出るぞ」


*


「ハナビ!」

分散していた小隊は城の中庭付近で合流を果たした。
途中で分かれたサクラとサイは、問題なくハナビを救出。サイに抱えられた妹の姿を見て、ヒナタは一目散にハナビの元へ駆け寄った。

「大丈夫。必ず助けるわ」

「……みんな、ありがとう」

ヒナタは涙目になり、まず仲間たちに礼を。そして謝罪をした。

「ごめんなさい。皆に内緒で勝手に……」

「私もごめん。大事な任務なのにチームワークを乱した」

頭を下げるヒナタとシズクに、四人は目を見合わせると、誰かれなくふっと笑い出した。

「ヒヤヒヤしましたよ」

「シズクは後でゲンコツだからね!」

「私だけ!?」

「それはそうとアンタ、すごい顔してるわよ!」

サクラはポーチから鏡を取り出し、シズクに突き付けた。口は切れ、鼻血の跡も拭いきれず、顔は煤だらけだった。
本人が確認しても、女子らしからぬひどい有り様だ。

「あちゃ……荷物取られちゃって、確認出来てなかったんだよねぇ」

「そんなことだろうと思ったわよ!せいぜいハンカチくらいポケットに入れときなさいよね!」

サクラは唇をとがらせ、シズクにハンカチを渡す。そしてヒナタには、赤いマフラーの切れ端を差し出した。

「これ、ヒナタのでしょ」

「!」

サクラの手に握られていたのは、トネリが昨夜引き裂いた赤いマフラーの切れ端であった。両手も包めぬ程に小さくなってしまっている。

「ナルトに渡すつもりだったんでしょ?」

「……」

サクラが最後の一押しをすると、残骸に目を落とし、つらそうに頷くヒナタ。ナルトは瞬きをしてヒナタを見つめた。

「ホントに……オレのために編んでくれたのか?」

「う、うん」

ヒナタが頷き、ナルトは胸が急に熱くなっていくのを感じた。里で最初に奇襲を受けたあの夜からずっと、ヒナタはマフラーを編み続けていたのを知っている。

「それ、オレにくれないか?」

ナルトは今度こそ素直にそう言えた。

「でも…もうボロボロで………」

「それでいい。……いや、それが欲しいんだ」

破れて壊れて燃えても、諦めずにまた何度も紡ぎ直してくれていた、想いの詰まった贈り物を。
ヒナタはマフラーの汚れをはらい、両手でナルトに手渡した。
想いを受け取ったナルトは、これまで見たこともない位ひどく嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。

「ありがとう。大切にするぜ」


*


「火影様!月の接近が止まりました!」

天文方の声に、カカシは掌を見る。先程までタイムリミットを刻み続けていた時計が確かに静止していた。
空に留まる巨大な月へと視線を戻し、心中では信頼する仲間たちに語りかけていた。

そのとき、地響きが再び轟く。
何らかの発射音と同時に、地平線の彼方でひと筋の光が空に打ち上げられたのを皆が目撃した。

「!」

光弾は地球を取り囲む月の破片に向かっている。やがて拡散すると、無数の誘爆を起こした。
カカシたちの頭上で月の欠片はあたかも蒸発するかのように一気に消え去った。余りにも大規模な力に、忍たちは喜ぶよりも先に身震いをおこしている。
その一連の流れの直後、傍らでいのがカカシを呼んだ。

「雲隠れの里より緊急連絡!五影会談の召集です!」



「我が里の拡散チャクラ砲により、月の破片はすべて破壊した!」

モニター画面に映る雷影は誇らしげに宣言しているものの、残る影たちが一様に同じ反応を示したわけではなかった。

「そんな兵器を隠し持っていたとは、やはり雷影殿は油断ならん奴じゃぜ」

土影は呆れさえしている。

「次はあの邪魔くさい月を消滅させる!」

「月を消滅!?」

安堵に浸っていたカカシが目の色を変え、絶句した。

「月という爆弾が頭上に浮かんでいる限り地球は枕を高くしては寝れん!」

「火影様、いけません。月を消すなんて危険過ぎます!」

モニターの向こうの影たちに聞こえないよう、天文方は背後からカカシに小声で助言する。

「まあ、冷静に判断しましょう。現状、月は止まったんですから」

カカシが諭すように言うと、モニターの中の土影はちらりと掌に視線を向けていた。

「……いや、止まってないようじゃぜ」

「!」

カカシはすぐに自分の掌を見る。
円盤は光り、時計が再び進み始めていた。

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