▼32 ふたりで乗り越える壁

「待てこの野郎!!」

傀儡の神官相手に苦戦を強いられるナルトの元へ、シカマルが追いついてきた。

「ナルト!ヒナタは」

「トネリが連れて逃げた!」

敵をまた一人と殴り飛ばし、ナルトが叫ぶ。

「ナルト!ここは俺に任せろ」

「すまねェ!」

ナルトが敵の間を閃光のように駆け抜けていく。そのナルトを追おうとする神官へと、シカマルは立ちはだかった。

「おっと、ここからは通さねェぜ」

ニヤリと悪そうな笑みを浮かべ、シカマルは得意の印を組む。傀儡たちの動きが一斉に止まると、礼拝堂は静かさを取り戻した。
眼の意匠とステンドグラスが施された天井。
カツ、カツ、カツ。シカマルが歩く音だけが響く。
壁際で歩みが止まった。
壁に凭れ、肩で息をしているシズクの前で、シカマルはしゃがみこんだ。シズクの手元には血濡れの剣が転がっていた。自力で剣を引き抜いたのだろうか。胸元は真っ赤に染まっている。

「………ごめん……」

「無理に話すな、怪我が……」

「ごめん シカマル……わたし……何も、出来なかった」

声を震わせて、必死に言葉を紡ごうとするシズク。唇を噛み締めるも、今まで堪えてきた涙がシズクの中でとうとう決壊した。
悔しさ、無念、無力感。再び会えた喜び。すべての感情が入り雑じり、両眼から溢れて止まらない。みっともなく頬を濡らしたシズクは、せめてシカマルに見られないようにと俯いた。


「“羽衣”も……壊されちゃった……もう、元に戻れない……」

弱々しい声に、涙を流す彼女に、シカマルにも胸に詰まるような思いが一気に押し寄せる。
シズクの泣き顔をはじめて見た。
否 それも記憶がないだけで、はじめて見たわけではないのだろうが。

シカマルはシズクに手を伸ばすと、頭をぐしゃぐしゃと乱暴に、かき混ぜるように撫でた。

「もう良いんだよ」

「……」

「記憶なんか無くてもな、お前の考えてることぐらい、とっくにお見通しなんだよこっちは」


頭の中の記憶が失われても、シカマルの体は、この涙を止める方法がわかってる。
ぶっきらぼうな自分が惚れた女にどう接していたかもおおよその見当がつく。
泣いてるときは、きっとこんな風に慰めるはずだ。


「遅くなっちまってすまなかったな。あとは任せろ。お前は怪我の回復に集中しててくれ」

それだけ言い、シカマルは立ち上がって影で縛り上げた傀儡の集団に体を向けて影首縛りの印を結び直した。

「……さあ、人形劇の開演だぜ」


*


意識を奪われたヒナタは、他の傀儡たちのように操られ、ナルトに柔拳を向けてくる。

「ヒナタやめろ!オレだ!やめろってばよ!」

拳から身を交わしながらナルトはヒナタに叫ぶ。防戦一方で攻撃に出れないナルトを見、トネリはほくそ笑んでいた。

「どうだ、ボクの妻の腕前は?」

「くそっ!ヒナタ、少しだけ我慢してくれ!」

ナルトは右手にチャクラを込め、ヒナタの左胸に刺し込む。心臓に張り付いたトネリの泡球を剥がし、一気に引き抜いた。

「トネリ…ヒナタを人形扱いしてんじゃねェ!」


*


水は喉の渇きが。
平和は戦争の物語が教えてくれる。すべて捨て去ることでもう一度始りを知る。

「六時の方向!大きいです!」

木ノ葉隠れの里に一際巨大な隕石が落ちようとしていた。

「総員 鶴翼の陣!」

陣形を組んだ決死隊が六代目火影の号令で飛び立った。7名の隊員は隕石に応じて散開し、一振りの刃のように広がった。

「第六景門、開ッ!」

中心を任されたロック・リーが八門遁甲を六門まで邂逅し、一撃で巨大隕石の九割を破壊するも、一部の破片が鶴翼の陣をすり抜けていく。

「し、しまったァ!」

「総員退避、総員退避!みんな逃げて!」

頭上に迫る隕石がカカシの視界を覆う。これだけの規模を止める術が今存在しない。リー達特攻隊の援護も間に合わないだろう。
死を覚悟したとき、里の忍たちの耳には間欠音が聞こえていた。


千鳥の鳴くような音。隕石の表面にひらめく青い閃光。そして轟きと共に、巨大隕石は数十メートル先で四散して細かなかけらとなって里へ降り注いだ。
皆が茫然として空を見上げる中カカシだけはただ一人、光速で駆け抜けていった人物の姿を捉えていた。余りの速さに、側に控えていたイズモやコテツ、いのは気付いていないだろう。
左目に写輪眼が無くとも判る。
弟子の姿なのだから。

「…サスケか」

次の瞬間には黒い影はない。幻聴かもしれないけれど、カカシの耳には確かに聞こえている。
ここにアイツがいないなら、オレが守るしかないだろう、と。


*


「ウウッ…くそッ、最後の胎動か…」

両目に激しい痛みが走り、トネリは片膝をついた。

「ナルト君!」

壁の破片から這い出たナルトの元へ、ヒナタが走り寄ってくる。向けられた白い瞳が揺れ、悲しげに歪められている。傀儡じゃない。優しい心を持った本当のヒナタが帰ってきたのだ。

「ナルト君、ごめんなさい…!」

「いや、謝るのはオレの方だってばよ。それより奴は…」

「ナルト君!時間がないの。トネリが動けない今のうちに転生眼を!」

直径数十メートルもあろうかという巨大な光る球体を前に、二人は並んだ。

「これを壊せば月は止まるんだな?よっしゃ!オレの螺旋丸で…」

「ダメ!この転生眼は、ハムラの血統以外の忍が触れるとチャクラを抜き取られてしまう」

自分だけがこの転生眼を破壊できるとハムラから聞いていたヒナタは、ナルトの力を借りずにひとり柔拳の構えを取った。ヒナタの両手の先から腕にかけてを包むようにチャクラは発光し、獅子へと形を変える。チャクラが最大になった瞬間にヒナタは転生眼めがけて跳躍した。

「八卦・双獅子崩撃!」

ヒナタの掌底から転生眼の表面に、衝撃は波のように広がる。転生眼は発光を強めたが、無傷の状態を保っていた。力の源があまりに強大すぎるのだ。

「そんな…破壊できない…!」


「どうしたらいいんだってばよ…!」

ナルトは必死に思案をめぐらせる。意外性ナンバーワン忍者の異名を持つナルトは、機転は働くが冷静な判断というのはめっぽう苦手分野。得意なのはちょっとしたアイディアと術の腕。
出来ない部分は誰かがいつもフォローして、皆で戦ってきたのだった。そう考えたところで、ナルトはハッとひらめいた。
同じく黙ったまま思案しているヒナタの隣に立ち、ナルトはニッと笑う。

「ヒナタ!オレにお前のチャクラを送ってくれ!そうすりゃこいつをぶっ壊せるかもしれねェ」

ナルトは思い出す。忍界大戦のあの夜、ネジが庇って命を落としたとき。折れそうになっていた自分の手を取って、共に立ち上がってくれたのはヒナタだった。
拒まれても諦めない。一人で背負う必要なんかない。お互い足りないところを補い合って、一緒に立ち向かえばいいのだから。
この壁は誰かと乗り越えるためにある。

「うん!」

もう一度差し出されたナルトの手にヒナタは笑顔で答えた。
繋いだ手には螺旋丸と双獅子が組合わさり、二人は転生眼に渾身の一撃を叩き込んだ。

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