▼30 果たすべき役目

「ハナビはともかく…ヒナタは別に無理矢理さらわれたわけじゃねェ。自分の意思でトネリのとこ行ったんだ」

ナルトの苦渋の表情を見て、シズクが去り際にオレに語った真実を話すべきか迷った。ヒナタが自らトネリについていった理由について。

本来ならば隊員に話して共有すべき事柄だが、それは隊員が全員万全の状態じゃねェといけねー。
ナルトはともかくサクラは明日にならないと動けねェ程に疲弊してる。今全員に真実を打ち明ければナルトは一人でだって飛び出していくし、サクラも這ってでもついてくるのは火を見るよりも明らかで。
まだダメだと思った。

木ノ葉隠れを危機から救った奇跡の少年。
忍界大戦の夜明けを導いた英雄。今のだらしなく丸まった背中を見たら、ナルトをヒーローと崇める奴らは失望するかもしれねェ。
腐れ縁のオレにとっちゃそう珍しいことには思えねェが。

「戦いの痛みには滅法強いナルトが、失恋の痛みにはここまで弱いとは驚きだなぁ。意外とダメなんですね」

ナルトのやつ、サイの言葉に頷いてやがる。
理由は単純明快。
失恋だ。
フラれることも傷付くこともある、生きてりゃ当然。今まで数え切れねー程の壁を越えてきたコイツが、たったひとりでここまで堕ちるってのは、それだけヒナタの存在が大きかった証拠だ。
里よりも戦争よりも。
判らなくはねェ。
だからといって何だよ、この体たらくぶりはよ。
威勢の良さだけがお前の取り柄だろ。男として忍として、そこまで堕ちられたまんまじゃ困んだよ。

「別に、好いた惚れたが悪いって言ってるわけじゃねェけどよ」

背を向けたままのナルトに投げかける。覚えてるか。お前、自来也様が殉職したときも意気消沈して脱け殻みてーになってたんだぜ。
振り向かない背中に対してオレは挑発的に質した。

「じゃあ女諦めて、任務も諦めて、ついでに火影も諦めるか?」

「!」

「諦めろ。女も火影も諦めちまえ」

ピクリと身動ぎする肩。
思い出せよ。あん時オレが何て言ったか。

「違ェだろ!お前の忍道はどこいった?情けねェ!みっともなくて話になんねェよ」

「ンだと!シカマル…オレにケンカ売るつもりか!?」

キレたナルトは跳ね起き、憤怒の形相でオレの胸倉を乱暴に掴み上げた。歯をぎりぎりと食い縛りながら。そうだ。怒れよ。お前が腑抜けた姿なんざ似合わねェし、こちとら見たくもねェんだよ。


「ヒナタとどうなろうが知ったこっちゃねェが、お前は忍だろ!!」

「…!」

語尾を荒くする。洞窟に声が大きく反響した途端、襟元を掴むナルトの力は抜けて青い目が見開かれた。
こんな所で立ち止まったりできねェんだよ。ハナビたちの命も地球の存亡もオレたちの手にかかってんだ。思い出せよ。今までのお前の戦い全部。まっすぐ自分の言葉は曲げねェ、諦めねェのがお前の忍道だろ。それを信じてついてきたオレやヒナタや皆をがっかりさせんじゃねェよ。
お前が迷うんなら何度でも気付かせてやる。オレたちはもう大人で、託される側から託す側になってんだってことを。めんどくさがって逃げたりできねェだろーがよ。
ナルト、オレはとっくに腹決めてんだよ。お前が火影になったときにゃ傍らでお前を支えるって。今更になって一人だけおりるとか、ナシだぜ。

「おい、ナルト…ちょっと付き合え」


未だ煮え切らない態度のナルトを追い立て、洞窟の奥へと辿り着いた。

焚火の傍でサクラがぐったりと力無く倒れこんでいる様子を見、ナルトはようやく我に返ったようだった。

「サ、サクラちゃん?」

「瀕死のお前を救おうと殆どのチャクラをお前に注ぎこんだ。その結果がこれだ」

「サクラちゃん…!…すまねェ…」

あとはオレたちの出る幕じゃねェ。
踵を返す。
サイも同じく二人から離れると、気を揉んでオレに耳打ちをした。

「体の回復だけじゃなく、心のフォローまでサクラに任せる気かい?」

「じゃあお前がフォローするか?」

「…任せようか」

苦笑いだった。
サクラにゃ頼り過ぎかもしれねェけど、オレたちじゃできねーよ。今アイツの背中を後押し出来んのは、第7班のチームメイトであり、ナルトの初恋の相手であるサクラだけだ。

「ねぇ、ナルト…女の子が本気で好きになったら、そんな簡単に心は変わらない…変われないよ…」

静かな夜更けに、話し声は入り口までほんの少し届いてくる。

「そこんとこだけ…私にはよくわかる」

自分と重ね合わせるような切実さ。女心は変わらねェ、か。


*


「ヒナタ!オレは、ぜってーお前を取り戻す!」

話が済んだナルトは洞窟を抜けてきて、ひとり夜空を仰いでいた。バカでかく叫んでは人工太陽に拳を向けて誓ってやがる。
やっとらしくなったな。お前はまっすぐでそれがいい。

これが、女がいなきゃ男は生まれねェ、女がいなくちゃ男は駄目になっちまうモンなんだよってヤツか。
悔しいがオヤジ、アンタの言った通りみてェだよ。女が男を変えてくってよ。

守るべき“玉”は必ず盤の上にある、そして生きて帰れるか判らねェが、託された師匠の形見は必ず守る。


*


目を覚ましたら暗かった。
青白い光が窓のない石壁から微かに洩れて届く。朝の冴えた陽は月でも色味が変わらないんだな、とつい考えてしまう。目を凝らして光の一線を見つめた。

手足に枷がはめられたままだったけれど、拷問の痕は治癒しつつある。気だるくとも痛みは感じられなかった。
トネリの傀儡たちはすぐ近くで待機している。こちらが指一本動かそうものならとんでくるだろう。

ヒナタに別行動を提案し、私はトネリの元へ赴いた。そしてまた失敗したんだ。大人しくヒナタとハナビちゃんを連れて逃げれば良かったのに。
私、だめだめだ。
本当に間違った道ばかり選んでいる。不甲斐ない。理想ばっかり追い求めた結果、望みが跡形もなく消えてゆく光景が頭から離れない。
それでもまだタイムリミットは先だ。

手が回復したのを見計らい裏拳で石壁ごと破壊すれば、傀儡との間に粉塵が立ち込める。口内にこびりついた血を吐き捨て、足元にも強烈な一発を叩き込んだ。
この重力すら月の忍が作り出したものなんだろう。規則正しく積まれた煉瓦が重力に従い崩れ落ちていく。
私がいたのは尖塔の最上階に構えられた牢獄だった。朝日は燦々と輝いている。
チャクラの羽を広げれば、正面には聳え立つ古城が。

宇宙は無限。そう誰かが言ってた。でも私は自分で確かめてない。
おじさまが昔教えてくれた、まだ“いちばん美しいもの”すら見てない。

正解を自分の目に収めるまでは、ここはきっと最果てじゃない。
これを最後の朝にはしない。
明日も明後日も、この手で掴むんだ。
大切な人に、どうしても伝えたいことがあるから。

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