▼27 優しくできない

「あれって、どう見ても地球ですよね」

シカマルとサイは墨鳥で風を切るように移動していた。眼下に広がる剥き出しの穴。青地に白をちりばめた天体をサイは通り様に覗き見る。
もうすぐ石ころのように捨て去られる星。


「間違いねェだろ。位置関係からすりゃ、オレらがいるここは月だな」

「やっぱり月ですか…地底に潜ってるとばかり思ってたんだけど」

自分たちが異空間に転送されてる想定はあったが、飛ばされた挙げ句行き先が月というのも素直に受け入れ難い。それも内部に人工太陽まで浮かぶ常識を逸脱した月ときた。

「泡ブクの浮かんだ妙な闇があっただろ。あそこが地球と月の空間を結ぶ抜け道だったんだろう」

例の集落の廃墟を考えれば、この月にかつて高度な文明が栄え、力ある忍たちが暮らしていたことは明白。シズクの報告を含め、シカマルの頭の中でパズルのピースはひとつに繋がった。

「ハナビを拐った奴らと月を地球に落とそうとしてる奴ら…つまりオレたちの敵はひとつだったってこった!」

二人は舵をきり高度を上げ、目的地の人工太陽へと近づいた。

「入口はどこかな?」

ゴーグルを装着したシカマルにサイは問い掛ける。

「奴らに教えてもらうか」


シカマルはレンズ越しにニヤリと不敵に笑うと、起爆札を一枚、人工太陽目掛けて投げた。
数秒後、トネリの配下が旋回する空中で爆発の煙が上がる。即座に反応した傀儡衆たちが人工太陽から増援として現れ、鷲獣に乗って続々と二人に襲い掛かる。

「何してる!敵に気づかれた!」

サイはシカマルを脇目に見たが、シカマルの視線は人工太陽の表面に注がれていた。
丸く切り取られたように開いた穴から傀儡たちが一様に同じ印を組んで出入りする様子を確認し、シカマルはサイに呼び掛ける。

「よし、これで十分だ。撤収するぞ!」

サイは呆れ顔で旋回した。
敵の追跡は執拗である。二人は追尾してくる傀儡衆を大峡谷に呼び込み、谷を縫うようにして飛んだ。四方から放たれる泡球が二人を掠め、崖に当たっては爆発を起こした。

「頼むサイ!」

第7班も相当だったが、シカマルの横暴さもなかなかのものである。戦力を買われて頼られるのはいいとして。
勝手なんだから。
無表情のままちょっとした不平を口にし、サイは巻物を開いてするりと筆を動かした。

「忍法・超獣偽画!」

敵をサイに任せ、シカマルは人工太陽を仰ぎ見た。秘密の入り口は塞がっていた。



シカマルは仲間が潜む洞窟へと戻ってきた。
見張り役を買って出たサイに外を任せ、薄暗い奥へと足を進める。
行き詰まりにある焚火の傍ら、昏睡状態で横たわるナルト。治療を続けるサクラの影が洞窟の岩壁に揺れていた。腕から迸るチャクラ。サクラの額に滲む汗はナルトの服に染みを作っていく。
ナルトを治す前にサクラの方がまいっちまう。疲労度合いを察したシカマルは、一心にチャクラコントロールに集中している医療スペシャリストに声をかけた。


「おい、一息入れたらどうだ。無理してるとお前がもたねェぞ」

サクラは脇目も振らずに応える。

「時間はあとどれ位あるの?」

「時間の心配はねェよ。入り口も発見したし、あとはゆっくりいこうぜ」

シカマルはサクラの肩を軽く叩いて労り、立ち上がって二人のそばから離れた。




空はまだ明るい。しかし治療が終わるころには太陽は月に変わるだろう。
シカマルは掌を確認する。見えない針は確実に回る。サクラに言った言葉は彼女を安心させるための嘘だった。時間に余裕はない。

敵の本丸への侵入ルートを把握し、作戦も立案済み。自分が出来る限りの準備はしている。
だが戦力の要であるナルトが回復しなくては勝機は無い。医療忍術で憔悴するであろうサクラもまた然り。
軽く見ても2、3日。フォーマンセルが整うのは地球最後の日ジャストだ。

やけに静かで曇りがかった空。
いつもなら好きな天候だ。しかし今はのんびり眺めている余裕もない。シカマルは人工太陽を見ながら、小隊は絶対合流してくると豪語した仲間のことを考えていた。

「でもシカマルならぜったいに、正しく隊を導ける。私はそう信じてる」

信じるなんて、久しぶりに聞いた。中忍になって隊長をはじめて任されたサスケ奪還任務で、そういえば自分も同じ言葉を口にした。一人一殺の覚悟で仲間を欠いて先を進んでいたとき。

「オレが奴らのために出来ることと言やぁ…信じることだけだ」

同じだ。
シズクは本心をシカマルに伝えた。恥ずかしげをおくびにも出さず。目映いほど気高く、どこか切ない響きで。多分あれは嘘に縛られたシズクの精一杯の告白だったのだ。
好きとか愛してるとか信じてるとか、この数日、全ての動作に刻まれていた。
何故ちゃんと気付いてると言わなかったのか、シカマルは悔いていた。

「…バレバレなんだよ、バカ」


その一言で、どちらの気持ちももっと自由になれただろうに。
優しく出来なかった。
苛立ちを抑えながら、シカマルは円盤がうっすら光る掌を握り締めた。



*

「話し相手がいる晩餐はいいものだな」

聖堂のように高い天井、広い会食の間。トネリとヒナタは二人で食事をしていた。

「さあ、キミの話を聞かせてくれたまえ」

細長い食卓に引かれた純白のテーブルクロスには皺ひとつ見当たらず、豪華な料理を彩る花や銀細工の燭台は丹念に磨かれている。
ヒナタから距離を置いて対座するトネリは機嫌良く微笑んで、いかにも育てのいい、朗らかな青年。静謐な美しさは絵画の一場面のようだった。
傀儡の童子や侍女が給仕をする合間にヒナタは口を開いた。

「…地球の忍たちと、今からでも平和や未来について話し合うことはできないのですか?」

「何?」

「たしかに地球の忍はチャクラを使って争いを続けて来ました。でも今は違います。ようやく訪れた平和を守ろうと、手を結んだんです。だから…」

「どうせ奴らはまた争いを起こす。チャクラを使ってな。六道仙人の世界は破壊しなければならない」

「でも」

「その話は二度とするな。黙って食事をしろ」

「…」

それきり会話は途絶えた。
出来ることならトネリを説得したいとヒナタは考えていたが、しかし彼は少しでも意にそぐわないと怒り出す。まるで子供のように。
莫大な力を有しているだけに、彼の琴線に触れることはあってはならない。
ヒナタがつくり笑いを見せるだけで、トネリは再び機嫌を良くし、銀のフォークを口に運び始めた。こんな嘘ばかりの即席の笑みでさえ彼は満足してしまう。或いはそこにヒナタの気持ちがないことに、まるきり気づいていないのかもしれなかった。

- 474 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -