▼26 不透明の閃き

人工太陽を通過した先はまた新しい世界に繋がっていた。
荒涼とした地に、三日月型の巨大な岩盤。中心に抱かれた天体は、トネリの手下達が額に掲げるマークとどこか似ている。

三人の乗る円台は、頂に聳える巨大な孤城を目指していた。
あれがトネリの根城だろう。林立する尖塔が近づき、中央の城の門前で円台は動きを止めた。
荘厳な造りの城の前では、侍女と思わしき風貌の傀儡たちが主人を待ち構えていた。
トネリはヒナタを抱えたまま優雅な足取りで円台を降り、侍女に託す。未来の妻と傀儡たちが城の中へ消えたのを見届けて、ようやくトネリはシズクへと振り返った。

「美しい城だろう」

訊かれたことには答えずに、シズクはかねてよりずっと疑問に思っていたことを口にした。

「あなたの仲間は城の中にいるの?」

「仲間?そんなものはいない」

「ここへ来るまでの集落のあとを見たけど、まさか…」

「そのまさかだ。もうこの月にはボクをおいて他の人間はいない」

それは、想像しただけで鳥肌のたつような事実だった。
この広大な地で 一体いつから。

* * *


「トネリ、あなたに話がある」

「……いいだろう」

ハナビから奪取した眼で以て、トネリはシズクの波紋の眼に、冷酷な視線を注いだ。侮蔑の色を深めながらも、以前のようにシズクを拒絶することはない。
ただし とうに微笑は消えていた。

「だがその前に 罪人には枷が必要だ」

配下の傀儡が背後からシズクに掴みかかり、その場で膝をつかせた。ガシャン。鋼鉄の手錠が乱暴な所作でシズクの後ろ手にかけられた。

「君の輪廻眼はチャクラの使い道を誤り、かつて我々から外道魔像を盗んだ」

「外道魔像を地球に口寄せしたのは私じゃない。それに、魔像は数年前の戦争で姿形が変わっちゃったんだ。帰したくても帰せない」

「返還を要求しているわけではない。だがその輪廻眼はこれからボクの使命に支障を来すだろう。地球には置いておけない」

キミも六道仙人の末裔なら、使命を受け入れるべきだ
トネリが告げるシズクの使命とは、大人しくこの地で幽閉され、地球の終わりを見届けて“罪”を認めることにある。
灰緑の袈裟から取り出された、薄桃色に光る布地。シズクの両目が獲物を捉えたかのように見開かれ、“天の羽衣”を握る細長い長い指先に一点集中した。
トネリは暗唱するような声で語りかける。

「“天の羽衣”は我々一族が代々守り続けてきた大筒木カグヤの遺産であり、記憶と感情を奪う宝具だ。罪人への最上位の刑罰に用いられる」

シズクのチャクラの流れが急速に早まったのを、トネリは見逃さなかった。
彼女が自分の身を危険にさらしてまで、羽衣を切望しているのだ。

「本来ならば罪人たるお前に纏わせ 過去と感情のない廃人に貶めるものだ。だが……どうやらお前には、それ以上の苦痛が存在するようだな」

白々しく従順についてきた彼女の中に、紛れもない執念の塊を見つけ、ほくそ笑む。罪を否認する《悪》に、どうしたら自覚させることが出来るかを理解する。

「間違いは根絶やしにしなければ」

繊維を散り散りに引き裂く泡球の煌めきが瞳に写る――ひとつの希望が断たれたその瞬間、焼け付くような感情が静寂の底から目覚め、シズクの全身を支配した。

シズクの悲痛な叫び声が城壁に反響する。

刃を抜け。
奴らのはらわたを開いて血潮を浴びろ。
躊躇わず粉々に破壊しろ。
チャクラが流出し、破片となった手錠もろとも、傀儡たちが次々に吹き飛んでゆく。怒り、憎しみ。立ち上がり、シズクは灼熱に身を委ねチャクラ刀の柄に利き手を添えようとした―――しかし。


「お前のやり方は間違っちゃいねェよ」


脳裏を過った声で、シズクの心は鎮火する。


心の中でたったひとつの言葉が光って居る。ありのままの姿も、白に憧れる不透明すらも間違ってないと寄り添う声。
あなたが信じてくれたとき、私はいちばんすきな自分になる。
刀から手を放し、空に舞う燃えかすを握り締めれば、鼓動が大きく聴こえる。

「………あなたひとりの都合で、みんなの最後の日にはさせない」


泡球を手に突進してくるトネリに新たな焦点を合わせ、シズクはたった一つの命を盾に振りかざした。




―――お姉ちゃん。
妹の呼ぶ声にヒナタは瞼を開いた。低反発の柔らかな生地を背中に感じる。高い天井に光るシャンデリアを見ながらゆっくりと上半身を起こした。天蓋付きの古風なデザインのベッドも、絢爛豪華な異国の客室を思わせた。

赤いマフラーを燃やす火と、ゆっくり落ちていくナルトの姿。次のカットは記憶に無い。ヒナタは自分が意識を失っていたのだと自覚した。

「ここは……トネリの城…?」

弾かれるようにベッドから跳び起きた。壁に眼を向け、ヒナタは発動した白眼で部屋の外を探りだす。見張りや番兵がいないことを確認すると、足早に客間から飛び出した。

「ハナビ!」

ある一室に探していた姿があった。数日前にトネリが見せた映像と寸分違わぬ光景。ハナビは大きなベッドに寝かされ、両眼に分厚い包帯が巻かれている。その下には、やはり、眼球が存在しなかった。日向一族秘伝の眼。よく笑う妹の、大きな目が。

「……もう少しだけ待ってて」

眠るハナビの傍らに腰かけ、ヒナタは妹にそう誓った。


「おはよう」

トネリはヒナタの背後に立ち、平然と声をかけた。

「!」

ヒナタは警戒してトネリと間合いをとった。しかしトネリは怪訝な表情どころか眉ひとつ動かさず微笑をたたえている。

「ボクの想いを受け入れてくれて嬉しいよ、ヒナタ。来たまえ。城を案内しよう」

意匠の施された広い廻廊。ヒナタが脇を通る度に、数多の傀儡たちのまばたきをしない瞳がヒナタを映した。

「こいつらは先祖が残してくれたただの操り人形さ」

それとてトネリには大したことではないのだろうとヒナタは感じた。ほんの僅か行動を共にしただけで性格が掴みかけてくる。
彼は独善的で自分の正義を盲信している。六道仙人は悪。悪だから滅ぶべき。一族の運命だからヒナタは自分と結婚をする。端的な二元論の思考だ。幼くして父を亡くし傀儡に囲まれで成長した身の上では、相手の気持ちでものを考えられないのは至極当然かもしれなかった。相手の立場に立つ已然にトネリは独りだったのだ。しかし、地球を滅ぼそうとする忍に情けはかけられない。

「ここで婚礼の儀を執り行う」

案内された荘厳な造りの大聖堂は、暗く閉鎖的な雰囲気を醸し出している。
儀式の後、二人は“転生の間”と呼ばれる部屋で、地球が落ち着くまでの間長い眠りにつくのだとトネリは話した。

「心配は要らないよ。この城はチャクラで守られているからね。月を動かすほどの強靭なチャクラ、大筒木の宝の力さ…月が壊れてもこの城と転生の間は無事さ」

「どこにあるんですか?」

「それはまだ教えられない」

追求を深めれば疑われると考え、ヒナタは閉口した。

「そうだ、マフラーを編んでくれないか?」

「えっ…?」

「嫌かい?」

あの夜、ヒナタがナルトに渡せずにいたマフラーをトネリは欲しいと言っていた。気持ちを試すような申し出に断れる筈もない。頷けば、トネリの唇は弧を描いた。

「ありがとう。嬉しいよ、ヒナタ」

微笑みの後、トネリの様子が一変した。彼は苦悶に満ちた表情で両眼を手で覆う。

「心配ない。白眼が転生眼に成長している証だ。少し休めば治まる」

トネリが消え入るような声で自室へ引き返すと、ヒナタはその場に一人、残された。仲間たちから距離を置いたヒナタは自分で自分に課した使命を全うするため、駆け出す。
逃げない。まっすぐ自分の言葉は曲げない。それが私とナルト君の、忍道だから。

「必ず見つけて破壊する……ハムラの転生眼を!」

窓の外に聳え立つ尖塔の一角に捕らえられたシズクが幽閉されていることを、彼女は未だ知る由もなかった。

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