▼19 スタンド・バイ・ミー
皆が寝静まった中で、ナルトはもう何度目か、パッと目を見開いた。
眠りが浅く、頭はぐるぐる、胸はもやもや。
さっき食べたカップ麺、賞味期限切れてたのか?
なんかオレ、変だってばよ。
寝ぼけ目の焦点がぼんやりとさ迷い、テントへ行き着くと、ナルトは息を飲んだ。
「ヒナタ!?」
ヒナタの不在を気配で察知し、ナルトは大声をあげて立ち上がる。見張り役として座しているシズクに振り向いた。
「シズク、ヒナタがいねェ!!」
「しーっ、!大丈夫。ヒナタは私の分身と一緒に、向こうの木陰にいるよ」
「向こう?何で?」
「何でって、マフラーを、」
「マフラー?」
しまった、とシズクは身動ぐ。輪廻眼とは便利なもので、影分身体の眼と本体は視覚をリアルタイムで共有できる。シズクはつい今しがた、分身の自分がヒナタと交わした秘密の約束を、早くも言いかけてしまいそうになっていた。
しかし当のナルトはというと、珍しく複雑そうに顔を歪めて俯いているのだった。
ヒナタが潜む方向に幾度も視線を投げながら。
「気になるの?」
「……わかんねェんだってばよ」
以前より短く切り揃えたかみをくしゃくしゃと乱暴に掻くと、ナルトはシズクの隣に移動してあぐらをかいた。
* * *
ナルトは幻術空間で見た内容について、ありのままを話した。
敵の接触直前にヒナタを呼び止めた要件はそこにあったのだ。
「あっはは!」
「笑うなってばよ!真剣なんだぞ」
真っ赤な顔で狼狽するナルトに、シズクは思わず笑いを堪えきれなくなった。あのナルトが、女の子への想いに悩んでいるなんて、一体誰が予想しようか。
「ごめん。なんか嬉しくてさ」
ヒナタの長年の想いを知る者としては、悪友の肩をバシバシ叩き“よくやった”と讃えたい気持ち。だが不思議なことに、自分が想われていることを自覚したというのに、ナルトは浮かない表情をしていた。
「ヒナタがオレを見てたとき、オレってば、サクラちゃんのことしか見てなかったってばよ」
「うーん、たしかにそうかもね」
ナルトがアカデミーの頃から何かにつけてサクラにちょっかいをかけていた、それもまた事実だった。
正確にはサクラだけ、というより、サスケの方にも比重は置かれていたが。
「サクラちゃんのことは今も同じで大切だし…好きって何なんだ?恋とか愛とか、難しいってばよ……」
忍界に名を馳せる英雄にも、恋愛という手堅い壁に一歩踏み出すのを躊躇する。問題に正解を出せる人間はいない。それぞれの答えがあるだけだ。
「私もその手の話には疎いからうまく言えないけど…好きってさ、色んな形があるよね」
「……」
「家族の好き、」
シズクの言葉でナルトが連想する、ミナトとクシナの姿。
「仲間や友達の好き、」
カカシ、シカマル達、木ノ葉や色んな里の仲間たち。サスケ……その隣に並ぶサクラ。
「今もこれからも一番そばにいて欲しいって意味の好き」
浮かんだのは、あの幻術の光景。雪の夜に電灯に照らされた真っ白な瞳と長い黒髪。
「サクラはナルトにとって初恋の人かもしれない。それもそのときの本当の気持ちだと思う。でも、小さいときの気持ちが今意味が変えていくのも自然なことなんじゃない?」
幼少期のナルトは両親の愛を知らず、里の人間からも疎外され育ってきた。誰かとの繋がりが欲しい。自分を認めて欲しい。それを切望していたナルトにとって、火影という夢もそこから出発していたのだ。
ただひとりの人物に認められたい一心のサクラに、自分も同じだと、ナルトの心が近づいたことだって絶対に無関係ではない。
「オレさ、サスケ追ってた頃に、サクラちゃんに告白されたことあるんだってばよ。けどよ、あんとき……望んでたのと違ェって思ったんだ。サスケのこと好きじゃないサクラちゃんはサクラちゃんじゃねーって」
「うん」
「けど……ヒナタにゃよく助けてもらってたけどよ、恋とかそういうのって、正直よくわかんねーし」
「無意識に、ってことがあるかもよ。それまで気づかなかった感情に何かのきっかけで自覚するとか」
「無意識……かァ」
今のナルトは仲間たちから認められ、守り合う仲となった。大人になり、気持ちは少しずつ整理されてきているはずだ。
ならばこれからのナルトにとって、そばで支えたり、支えられたりするための人を必要としてもいいだろう、とシズクはこの時強く思った。
「あの授業で、オレってば拗ねてたんだ。父ちゃんと母ちゃんも知らねェし、最後まで誰の名前も書けなかった。でも夢ん中で……ヒナタがオレの名前を書いてくれんの見て、すっげー嬉しかったんだ。ココがあったかくてよ」
ぎゅっと自分の胸に手を押しあて、ナルトはようやく満ち足りた笑みを見せる。
ぶつかってくことだけじゃない、受け止めることもナルトは知ったはず。
「ねえナルト、ヒナタの気持ちはヒナタに聞かなきゃわかんないものでもさ。大事なのは、今誰に一緒にいて欲しいかっていう、ナルトの気持ちじゃない?」
「オレの?」
「うん。まぎれもなく本物の気持ちなんだから…素直に大切にしたら?」
「…おう!」
「だいたい、難しいこと考えんの下手でしょ」
「一言多いってばよ!」
冗談のせめてもの仕返しに、ナルトは歯を見せて笑いながら質した。
「なぁ、シズクはあんとき誰の名前書いたんだ?」
シズクはポカンとし、僅かに思案に耽るとやがて口を開いた。
「私は―――」
答えが提出される前に、会話は途切れた。熟睡しているサイの隣でシカマルがもぞもぞと動き、寝返りを打ってこちらに顔を向けたのだ。
「っ!」
一瞬、シズクの心臓が大きく跳ね上がる。
しかし当のシカマルは、固く瞼を閉ざし、規則正しい呼吸音を繰り返している。良かった、起きてない。
安堵に撫で下ろされる胸。
「で、誰だってばよ」
「うるさい!ナルト、私は警備に集中しなきゃなんないの!これでおしまい」
「シズクのがうるせェってばよ…まぁいいや。あんがとな!」
心持ち晴れやかになったナルトは、地に落ちた毛布ではなく、傍らのリュックの中のマフラーを手に取った。丁寧に首に巻くと、茂みへと分け入っていったのだった。
その様子を、シズクは横目で見ながら、自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
ナルトのあたらしい幸せはもう、手を伸ばせば届くところに居るんだ。
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