▼18 愛を編む
月明かりの下で岩に腰かける二人の乙女。
ヒナタの手元で すいすいと規則正しく針棒が揺れるさまに、シズクは目をしばたかせ、感嘆の声をあげた。
「ヒナタ ほんとに上手だなぁ。それってメリヤス編みっていうんだよね?」
「うん……でも、慣れれば誰でもできるよ。くのいちクラスの下の学年でも編み物入門の授業があるし」
照れ性のヒナタは頬を仄かに赤らめ、色白の指先でひと編みひと編み、丁寧に毛糸を縒りあげていく。その美しい所作に、シズクは羨望の眼差しを送った。
「授業でやってたんだ。知らなかったなぁ。くの一クラス抜け出してばっかりだったからさ」
「シズクちゃんは他の時間も医療忍術の勉強をしてたんだものね……」
「サボらずに色々習っておけば良かったなぁって今になって思うよ」
シズクがはにかむと、ヒナタはつられてクスクス笑った。
かつて“女版ナルト”の称号を得ていたくのいちクラスの問題児は、生け花、舞踊、化粧はおろか作法の授業に至っては一度も出席していなかったのだ。
「ヒナタはアカデミーの頃から、ナルト一筋だったねえ」
宵闇に照らされる赤色に、ふとシズクは疑問を口にする。
「そのマフラーも、ナルトにあげるんでしょ?」
「えっ、ええと」
「ナルトが巻いてるマフラー見てあからさまにげんなりしてるんだもん、バレバレだよ。色もヒナタが使うにしては派手だし」
ヒナタは今度は耳まで真っ赤に染めていた。
「ナルト君には……その……内緒に」
「わかってる。女子同士の秘密ね」
秘密と言って、シズクは胸の奥に引っ掛かりを感じた。
あのとき。
トネリとの遭遇でハナビの誘拐犯と月の崩壊の原因が一つに結び付き、陰謀さえも明らかになったというのに、知り得た情報を皆に打ち明けることをヒナタは拒んだのだ。
「ねぇヒナタ、トネリの話してたこと どうしてみんなに言わなかったの?」
編み針を交差させる指が止まる。迷ったすえに言葉は紡がれた。
「……もしあの人の言うことが真実なら、日向一族はこの件に深く関わってることになる。でもらみんなを……ナルト君やみんなを巻き込みたくなかったの」
巻き込むという言葉が促す想起。任務に召集されたとき、シズクは記憶の欠いたシカマルに言ったのだ。巻き込んでごめん、と。
ヒナタに深く共感しながらもシズクは続けた。
「自分で解決したい気持ちはよく分かる。でもこれは任務だよ。ハナビを助けるためにも、みんなに伝えて協力を仰いだ方がいい。ハナビの容体は心配だけど、あの様子を見た限りじゃ命に別状はないと思う。まだ時間はあるから一緒によく考えよう?」
「ごめんなさい。シズクちゃんもつらいのに……勝手なことをして」
「私のは自分で撒いた種だからさ」
ヒナタは一人前の忍であれど誰よりも優しく、他者の心を気遣う思いやりがある。
敵の陰謀によって恋人の記憶を奪われてしまったシズクに対し、ヒナタもまた気持ちを共有しているのだ。
好きだからこそ大切な人を巻き込みたくない心のうちを。
「好きだから本当の言いたくないってこともあるよね」
シズクは月明かりに照らされるヒナタの横顔を見た。美しい女性の輪郭だった。
「届くといいね」
「うん。……シズクちゃんも」
ひとしきり笑い合うと、ヒナタはマフラーの次の1列を編み始めた。
“月が綺麗ですね”
感情を伝えるとき、昔のひとはある美しい言葉へ編みこんだ。
彼女の手には、愛しい人への想いが長く編み込まれた結晶。幼い日からナルトを一途に想い続けてきた愛が、今、そっと形に込められる。
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