▼17 つくりものの世界
「ナルト!」
「ナルト君!」
「ヒナタとシズクに手ェ出すんじゃねェ!この野郎、とっととハナビを返せ!」
「ふん、またお前か」
トネリの嘲笑でナルトの沸点がすぐ限界に達する。
「てめェ マジ腹立つってばよ!」
硬く握られた拳がトネリを狙う。トネリは避けて隣の砂球へと飛び移るも、然程のスピードも無く。狙いを見定めたナルトの拳がまっすぐ叩き入れられた。威力は凄まじく、傀儡の体が衝突したのは岩壁だ。
「傀儡か」
手の違和感にナルトが呟いた。傀一方、トネリの傀儡がカクカクとと音を鳴らして口を震わせていた。
「ナルト、お前の拳は……ボクには届かない。決して届かない……」
言い残すと、糸が切れたように人形は不気味に崩れて落ちていった。
言い返す相手を失い、ナルトの叫びは洞窟に木霊した。
「ざけんな!殴られねェ自信があんなら、傀儡の陰にチョロチョロ隠れてねェで正々堂々と勝負しろい!」
ヒナタ、ナルト、シズクがトネリに扮する傀儡と対峙している一方、先を行くシカマルたちもまた、同じく行く手を阻む敵と交戦していた。
水面の岸辺には、人の何十倍もあろうかという巨大な蟹が無惨にも転がっていたのだ。固い甲羅や鋭いトゲ、鋏は情け容赦無く粉砕されている。
強烈な留めの一発を叩きこんだのが三人のうち誰かは、一目瞭然。
「これ……サクラちゃんが?」
「サクラ 二年でさらにパワーアップしたね」
ナルトとシズクは思わず生唾を飲み込んだ。
見ているこちらが不憫に感じる程である。
「遅ェぞ、お前ら」
「そう言うなって。敵の親玉ぶん殴ってたんだぞ!」
シカマルは目の色を変えた。
「どんな奴だった?」
「それが、傀儡だったんだけどよ……」
本体を倒したわけではなく、ナルトの声は困った笑いと共に尻すぼみになっていく。
「傀儡?」
「ああ、本物のトネリはもっと強くてオレにはゼッテー殴れねェんだと。負け惜しみに決まってるってばよ!」
「それだけか?」
「おう、それだけだ!」
ナルトの自信ありげな抑揚は決して開き直りではない。次会ったときは必ず叩きのめすという自負である。少ない情報から答えを導き出そうとしているシカマルを見て、シズクはやや躊躇して口を開く。
「実は、」
「ナルト君がすぐ来てくれて……何もなかったの」
「!」
シズクの言葉に横から割り込んできたのはヒナタの声だった。シズクがヒナタのほうに振り返ると、唇を僅かに噛み締めて頷いていた。
“何も言わないで”と。
「敵は少人数で、戦力は傀儡に頼ってるのかしら」
「トネリ本人が動けない理由があるのかもしれませんね」
「或いはその両方かもな」
サクラ、サイ、ナルトが思案を巡らす中、ヒナタの制止により、シズクはトネリの思惑を言い出すことができなかった。
* * *
聳え立つ孤城、ある一室だけが暖炉に火が燃やされている。赤々とした炎が椅子に座る横顔を照らし出す。ただひとり、トネリのためだけの肘掛け椅子。
鼻筋通った顔の造形。両の瞼の上には包帯が巻かれている。傍らには顔を包帯で隠した大男が控えていた。
「ボクが迎えに行けるようになるまで、ヒナタは放っておけ。あのナルトを含めて、今は奴らに手を出すな」
命じられた配下はトネリに一礼すると姿を消す。
「うっ!」
誰もいない部屋、トネリは包帯の下に痛みを感じて身を起こす。痛みの波に肩を震わせている。
「フフフ……また眼球が胎動している。素晴らしい。極めて純度の高い白眼だ」
この苦痛すら天命が目前にある証拠。トネリは呟き、唇に弧を描くと、柔らかな椅子に深く体を沈めた。
* * *
眼下に広がるパノラマ。シカマルは腕組をし、狐につままれたかのように言葉を失った。蟹を退治した際に丁度良く開いた穴の奥、数百本の透明な結晶柱が折り重なる先からは風が吹いていたのだ。
波の音も微かに耳をうつ。 洞窟を抜けた小隊を待ち受けていたのは、さんさんと輝く太陽と海だった。
「なんだここは?地面の下のはずなのに、お日様が照ってるってばよ?」
さらに奇妙なことに、空と風景とが交わる水平線が存在しない。遠く霞むは森や湖で、地面が反り返って上空にも続いているようだった。
「これもトネリの罠?」
幻術かと予想して組んだ幻術返しの印にも何ら変化は起きない。異空間にでも飛ばされたのかとシカマルは不安に駆られた。
サクラは墨の鳥の背から頭上の光を見上げて問う。
「シカマル……アレは何?」
「人工太陽かなんかだろう。ここは地下に造られた人工の空間だと思うぜ」
敵の未知数な力を考えれば、地下世界や人工太陽も不可能とは断言できなかった。
「傀儡の次は人工太陽か?ニセモノばっかでムカつく野郎だってばよ!」
「ヒナタ、敵の姿は?」
「大丈夫。いないわ」
森林に隈無く感知の網を張っていたヒナタが返答した。
「でも敵は私たちの行動に気づいてるはずでしょ?なんで襲ってこないのかしら?」
「ああ、そこは気に入らねェな。妙な静けさだ……」
地底世界にも夜が来る。
人工太陽は時の経過と共に徐々に冷たい光を放ち、暗闇に浮かぶ月へと姿を変えた。昼は太陽、夜は月。信じがたい機能を有している。
シカマル小隊は梢の森の一角に降り立ち、焚き火を囲んで野営を決めた。
「ほんとに静かだね」
食事の時分。サイの小さな声は夜の森の静けさに溶けていく。
「いまごろ地上では、隕石が降り注いでるかもしれないのに」
「きっと里のみんなが一粒残らず破壊してるんだってばよ!」
仲間を励ますようにナルトは笑ってそう言うと、カップラーメンを勢い良く啜った。シカマルはそっと掌の時計に目を落とす。人類滅亡のカウントダウンはゆっくりと、しかし確実に迫っていた。
――――――そろそろか。
シズクはテントの中で瞼を開いた。
隣のサクラを起こさないようにブランケットを畳み、テントから外へと繰り出す。入り口から出た先には男子陣が横になっている。その傍らで見張りをしていたヒナタに、シズクは声をかけた。
「ヒナタ、見張りごくろうさま。交代の時間だよ」
敵の気配は無く、奇襲の予感は薄らいでいる。それでも警戒は解けない。隊員は一人一時間交代で野営を警備することになっていた。
「疲れたでしょ?ゆっくり休んで」
「う、うん」
シズクはヒナタが座っていた辺りに腰掛ける。一方、立ち上がったヒナタは何やら手に荷物を抱えて、テントとは真逆の方向に歩き出した。
「ヒナタ?」
「ごめんなさい、私 ちょっと用事が……」
両腕に大事そうに包まれている赤い毛糸玉と二本の編み針。そして編みかけのマフラー。
ああ、なるほど。
ふむふむと納得し、シズクは素早く印を結ぶと、煙から現れた影分身でヒナタの肩をつついた。
「お供していい?」
「でも見張りは……」
「肝心のヒナタがどっか行っちゃったら隊長に絞め殺されちゃうよ」
「……ありがとう」
人工の星が煌めく。地底と思わしき場所でもやはり夜は寒い。
微笑むヒナタと分身体のシズクは、揃って木立へと消えていった。
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