▼16 白眼の姫

シカマルを筆頭にサイとサクラが続く。四番手のシズクは地を蹴る寸前、斜め後方の声に両足を踏み留めた。

「あのよォ……今の変な泡の中でのことだけどよ」

ちらり脇見をすれば、ナルトが砂球の上に立ち尽くしたままヒナタを呼び止めていた。数秒の間彼女を見つめて黙りを決め込んでいる。

「やっぱ何でもねェわ。すまねェ。行こう」

「?」

目を丸くしたヒナタを置いて、ナルトは要件も告げずに足早に水中へと飛び降りた。それもシズクを追い抜いて。

「あ、ちょっとナルト!」

些か問題である。一列縦隊の場合、先導は隊長のシカマル、次にサイ、サクラ。標的であるシズクとヒナタを中心に据えて最後尾にナルトがつくという陣形だったのだ。

「もう!ナルトってば隊列乱してしょうがないなぁ。ヒナタは私の先に行って」

「う、うん……」

ナルトの後を追ってヒナタが数歩踏み出した、その時だった。

「ヒナタ」

「!」

どこからともなく響く声。それはヒナタとシズクの背後に立っていた。ヒナタは咄嗟に柔拳の構えを、チャクラ刀の鯉口を切ったシズクは霞の構えをとる。突如として現れた大筒木トネリは、二人の戦闘態勢に動じる様子を見せないどころか微笑すら称えている。

「迎えに行くと言ったのに、キミの方から来てくれるとは 嬉しいよ」

トネリの眼が初めて開かれるのをシズクは目撃した。ただし双眸はシズクを映しはせず、黒髪の乙女のみに注がれていた。

「ハナビはどこ?」

「安心したまえ。ボクの城で静かに眠っている」

「ハナビを返して!」

「それはキミの返事次第だ。白眼の姫よ」

「白眼の姫?」

噛み合わない会話の主旨。デジャブ。トネリは澄んだ瞳で一層慈愛深い微笑みを浮かべた。

「ヒナタ ボクと結婚しよう!」


*

「け、結婚ですって?」

突拍子もない提案にヒナタは喉を震わせた。

「ボクとキミは古の天命により、結ばれる運命なんだ」

二の句は遮られた。シズクがヒナタとトネリの間に分け入り狙いを定めてチャクラの刃を振り払う。太刀筋を見切り交わすも、彼の灰緑の袈裟の下を僅かに掠めた。生身の肌の感触とは程遠いものであった。シズクは引き、再びヒナタに背を向けて敵と向き合う。そこにきて漸くトネリはシズクに目を向けた。それはヒナタへの優しい眼差しではなく、凍てついた視線で。

「邪魔をするな。ボクはヒナタと話をしてるんだ」

「話?これが会話だって言うの?脅迫の間違いなんじゃないの」

シズクが言い放つと、後ろからはさらにヒナタがトネリを問い詰める。

「アナタは何を言ってるの?ハナビを……」

まるでヒナタの問いに答えるように、三人が佇む砂の塊の表面からは何の前触れもなく立体映像が現れた。ここにいるトネリと寸分違わぬ“トネリ”が映し出され、語りかけてくる。

「キミの妹はボクの城にいる」

この映像のトネリが本物で砂球の上のトネリは単なる傀儡だと、シズクは先の手応えの無さに確証を得る。
こちらに語りかける実体なきトネリの傍ら、天蓋付きのベッドには、目元を包帯で巻かれた日向ハナビが横たわっていた。

「ハナビ!」

「彼女の白眼はボクがもらった」

顔面の起伏からなる陰影が何よりも真実を物語る。ハナビの眼球部分に見られる陥没は二人の目にも明らかだった。

「ハナビちゃんになんてことを!」

「ひ、酷い……」

「すまない。これもハムラの天命のためだ」

「……ハムラ?」

聞き慣れない名前をヒナタは小さな声で繰り返す。

「月の忍の祖・大筒木ハムラ。地球の忍の祖・六道仙人の弟と言った方がわかりやすいかな?キミたち日向一族はハムラの血を受け継いでいるのだよ。それは遥か昔、数千年も前の話だ」


トネリの声に耳を傾けながら、シズクは忍の創世に関する知識を頭で反芻していた。
忍界大戦でうちはマダラと六道仙人が語った内容。
チャクラの実を食べた大筒木カグヤを相手に六道仙人と弟は死闘を繰り広げ、母を封印するに至る。十尾の抜け殻である外道魔像はもまた封印され、それがいつしか月と呼ばれるようになったのだ。

トネリはそこに新たな情報をもたらした。十尾の復活を繰り返さないため、弟のハムラとその一族は故郷の星を離れ守り人として月への移住を決意したのだという。
地球に残った兄・ハゴロモはチャクラに“繋ぐ力”を見出し、忍宗を説いた。しかしその様子を月より見守る弟は懐疑的であった。地上には絶えず戦いの火が灯り、血は流れ、悲劇の夜が続いていた。

「その後数千年もの間、忍たちの争いは絶えることがなく、チャクラを兵器として使い続けた。遂には外道魔像を盗み、十尾まで復活させた!」

ハムラの時世も、その末裔の時代すらも。

「もし兄が創った世界がチャクラの使い道を過ったら、その世界を破壊しろとハムラは子孫に託した」

月の忍の意志を引き継ぎし末裔は今まさに、二人の目の前に君臨する。

「よって我々は地球の忍こそ世界の安寧秩序を破壊する禍だと結論づけた。六道仙人の創った世界は失敗したんだ!ボクはハムラの天命に従い、六道仙人の世界をこの手で破壊する!」

「失敗なんかじゃない!私たちは今だって、本当の平和を探してる!六道仙人が切望した未来は誰にも壊させやしない」

激昂したシズクは片手を翳して輪廻眼の技を用いろうとする。
しかし傀儡は素早く反応し、シズクに泡玉を食らわせた。ヒナタはすぐ背後へ回りシズクを受け止めに急いだ。

「シズクちゃんっ!」

「うっ、」

「口を慎め。…君も連れて行く。その下劣な眼が招いた罪は確かに天上で償ってもらおう」

トネリの新たな瞳からは清々しいまでの蔑視が読み取れる。
シズクの片目に埋め込まれた輪廻眼を嘲笑うかの如く歪んだのを見、シズクはようやく理解した。
自分たち二人は狙われていても、まるで真逆の扱いを受けることになるのだ。
一方は白眼の姫としてトネリに寄り添い、
片一方は千年分の罪の体現となるのだ。

「カグヤの白眼はハムラに引き継がれ、日向一族はその系譜にある。白眼はあらゆる瞳術の起源……ハムラはやがて“転生眼”という至上の瞳力を得た。月の世界に秩序と安定を与え、世界を創造する力。ボクの血筋は日向一族の白眼を移植することで、その力を発現するんだ。だからボクは白眼を手に入れるしかなかった」

「あなたはつまり……地球の全人類を皆殺しにして、自分の理想の世界に作り変えようとしてるってわけね」

トネリを睨みながらシズクは立ち上がった。

「ハナビはその崇高な目的のために己の白眼をさし出し、犠牲となったのだ」

なんと独善的な思考であろうか。
ヒナタは耐えきれず叫ぶ。

「そんな話、信じない!絶対にハナビを助け出す!」

「助け出す?この城がどこにあるかもわからないのにか?」

笑みを最後に本物のトネリは姿を消した。あとには傀儡のトネリだけが残され、二人と再度対峙する。

「返事は改めて聞きに来るが……これは運命なのだよ!」

二人のくのいちに向かって傀儡が足を踏み出そうとしたそのとき、水面を破って英雄が二人の元に現れた。

「―――ヒナタ!!シズク!」

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