▼15 誰が為の椅子

どこからともなく聞こえてくる蝉の声。強烈な日差しに眩みながら、オレは瞼を持ち上げた。

「ここは……」

どこからどうみてもアカデミーの教室だ。おまけに幼少期の自分たちが当時の席に座っているのを、二列目から立って眺めてる。

「もし明日、地球最後の日が来るとしたら誰と一緒にいたいかな?」

教壇には若かりしイルカ先生が立ってる。
そういや、こんな授業あったな。
確かあん時はナルトが真っ先に声をあげたはずだ。

「地球最後の日なんか来るわけねェよ!」

シナリオ通り。
成程な。無重力空間から一変してここは幻術空間ってわけだ。この再現性の高さは、対象者の記憶に侵食してるもんなんだろう。命を奪わなくとも厄介なトラップに代わりはねェ。

「例えば……月が落ちてきたりして」

「地球最後の日なら、月じゃなくて肉が落ちてくればいいのに」

チョウジの言葉に教室中でどっと笑いが湧く。
あの頃のオレ、後列じゃお前寝るだろって 最前列にされてたんだっけか。
真ん中にいの、右がオレで左がチョウジ。
こんな小さかったか?この教室も、オレも。

「いいかな?地球最後の日に、自分は誰と一緒にいたいか その人の名前を書いてみて下さい。先生は見ない。書いた本人だけの秘密だ。だから正直な気持ちを書いてほしい」

今の世界情勢からすると縁起でもない話。その上デリカシーに欠ける授業だ。同じクラスにゃ両親も知らない子供だって居る。
よく考えてみるんだ。イルカ先生はナルトの頭をなで、必ず誰かいるハズだとフォローを入れてはいるが、親がいない上に里の大人からも忌み嫌われてたナルトにとっては殊更酷だったろう。

……と、思い出に浸ってる場合じゃねェ。
術者の狙いはこの幻術でオレたちを閉じ込めることだ。
さしずめ記憶の檻でできた牢獄。かけられた幻術を解くには、敵にコントロールされた己のチャクラをまず止める必要がある。チャクラの流れを中断させるために思考を停止しようと目を閉じると、不意に名前を呼ばれた。

「シカマル、サボってないでちゃんと書くんだぞ」

閉じた目を再度開いちまう。
ガキのオレに焦点を合わせる。鉛筆を持つのもめんどくせー、といった様子だ。だるそうに頬杖をついて、時々、ちらちらと横目で通路を挟んだ右の席を見ていた。

視線の先は空席だった。

その席は元より誰も使っていない。《アイツ、いったいだれの名前かいてんだ?》それなのに何でオレは誰もいない席を気にしてんだ。《腕が邪魔してこっからじゃみえねェな…くそ》
書きたくない理由をめんどくせーと正当化しながら。

教室の周囲をぐるりと見渡せば、“うちはサスケくん”と書いたでかい文字を、ハートマークで囲む いの。同じく、サスケの名前を書いたサクラ。父ちゃん母ちゃんと書き終えたチョウジ。飛行機を折るナルトに、窓の外をほんやり眺めるサスケ。キバとシノは各々の相棒を。
紙飛行機が教室を横切ったあと、ヒナタもやっと筆が進んだ。

オレは一体誰の名を書いた?
思い出せねえ。
……いや、考えるな。
その場に座して神経集中を再開させた。できるだけこの記憶に干渉しないように雑念を取り払え。



「……シカマル!起きたのね」

若干重たげな頭で、そういや平衡感覚がここじゃ地上と違うんだったな、と思い出す。
ほの暗い水中で再び目を覚ますと、サクラがオレに向けて解の印を結ぼうとしている最中だった。
こいつは流石に幻術返しが早ェな。
体を起こし、状況確認。

「まだ皆目ェ覚めてねえか」

「私も今幻術返ししたとこだから、これからすぐ皆のも解くわ!」

「ああ、頼む」

サクラは既にヒナタの幻術返しに取り掛かっている。いつの間にやら開いたヒナタのリュックの口から、隣に眠るナルトへと漂うマフラーの赤が視界を刺激する。
異変はないかと他の奴らを注視すれば、静かに眠るサイとは反対に、断続的に譫言を呟いてるナルト。ったく幻術でも元気なヤツだ。呆れながら、最後に覗いたシズクの横顔に目を丸くする。

影を落とす長い睫毛に水滴。それは、真珠のように煌めいて、シズクの目尻を離れると、ふわふわ水中へ散っていった。

――――泣いてんのか?

月浦シズクの無意識下の本心をオレだけが見ちまったような気がして、なぜか右手が彼女へと伸びかけていた。
どうして自分がンなことしてんのかも分からず、すぐに待てよと脳が理性的な指令を下す。

なんでオレは手を伸ばそうとしてんだ。

たとえ月浦シズクの深層心理のスクリーンでどんな映像が流れてようとも、ここはサクラに任せるのが妥当だ。
手を出すな。

眠り続けるシズクがまるで誰かを待っているような泣き方に見えたことだけは否めずに、サクラの処置を見守った。

*

「これって、敵が仕掛けたトラップ?」

「ああ。侵入者を幻術にかけて、思い出の世界に閉じ込める記憶の牢獄だ。幻術に強いサクラがいてくれて助かったぜ」

「ありがとうサクラ。兄さんとの楽しい夢を叩き壊してくれて」

「感謝の言葉に聞こえねェな」

サイの無遠慮な発言は、流すが吉。
ロスした分の歩を確実に進めたい焦りとは裏腹に、降下に身を任せるしかない。あたりには幻術の発動装置であろう泡球に砂の塊。急いだところでまた術を食らってしまうのは見えている。
どうも先の幻術は、ナルトには効果的だったらしい。任務出動の威勢の良さがパタリと治まって悶々としている始末だ。

「シズクはどんな夢を見た?」

「え?」

すぐ後方でサイがそう質すのが聞こえた。気になって横目で追えば、シズクは案外すっきりとした表情をしてる。

「私は……えっとね、甘いもの食べてる思い出」

「食い意地はってるね」

「いいでしょ!何の夢見てたって」

それは嘘なんだろうが、涙の理由は判然としねェまま迷宮入り。
この女の戦闘能力データは知り得ても、どんな考えを持ってんのかは判らねェ。月浦シズクはある程度の幻術返しが可能と記録されてても、結局最後まで目覚める気配はなかった。能力でみれば同期連中でもトップクラスの実力者のはずだ。

同期という言葉に行き着いて、そこでふと気付く。

さっきの幻術空間では同期全員がそれぞれ授業にのぞむ中、そこに一人だけ、月浦シズク姿はなかった。

盗まれた記憶。
ひとつだけ空席のある教室。
見当たらない月浦シズクのための椅子。
繋げば仮定は確かになる。 

……イヤ、まさかな。

さらに下層へ続く水面を発見し、砂の球の真上に降り立つ。今の段階でトラップが仕込まれてるとなれば、お次は何か。

「向こう側で敵が待ち伏せしてるかもしれねェ。臨戦態勢で行くぞ!」

件の仮定は保留だ。ここで任務もそぞろにめんどくせー事態に陥りたくはねェ。
掌の時計は着実に時を刻んでいた。
小隊長として号令をかけ、オレは先頭をきって新たな水面に飛び込んだ。

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