▼13 言わない関係

隕石は、真上を横切っていく緩やかな軌跡に相反して、地面を揺らすような轟音をたてて耳を劈く。
どうかあの月のかけらが人の住む場所に落ちていませんように。そればかりを祈って出発した。

サイの墨絵で命を吹き込まれた鳥は、計四羽。
奇襲を受ける可能性を考え、真っ先に狙われるであろうヒナタにはナルトが付き添うことになった。残り三羽、隊員はあと四人……ということは。

「アンタも誰かと同乗してね。シズク」

「え」

「まったくもう!ヒナタもアンタも、揃いも揃って狙われてる自覚ないんだから。シズクはシカマルの後ろに乗ったら?」

不覚。サイに後ろ乗せてと私が言い出す隙も与えず、サクラが私の肩を押すものだから、二の句を接げなくなってしまった。
同乗したくないわたしの胸の内をサクラは勿論理解しているわけで、それゆえのお世話焼きなのだ。有難いとは思うけども。

「お、お邪魔します……」

「おう」

こうして、任務は上空からの偵察で幕を開けた。

主たる指針は、サイの目撃情報と私の影分身の蓄積記憶。方角と敵の道のりは途中までは割り出せている。ハナビちゃんも若いながら忍だ。何か手掛かりを残しているかもしれない。
最終ポイントへ辿り着いたら、その周囲に何か残されてないかの捜索へと展開。段取りは済んでいる。

サクラの誘導でシカマルの後ろに腰をおちつけると、背中が、思ったよりもずっと近くて、やっぱりサイの後ろに乗せてもらえばよかったなぁと思ってしまう。
以前よりも一回り広く、がっしりとしたような肩。懐かしい香りに、思わず胸が痛んだ。
前に跨がるシカマルは、掌の時計に幾度か目を配っていた。失敗すればこの星ごと私たちは死を迎えるという重荷を、小隊長はいっしんに背負っているのだ。
猶予はない。刻一刻と、時は進んでいる。

―――ゴウウ。

「!」

不意に訪れる突風に身をすくめた。体を包む風は私の後頭部で結わえられた髪を解き、簪が宙に浮いた。

「わっ、」

すぐさまキャッチして事なきを得けど、危ない、もう少しでなくしてしまうところだった。

「ぎりぎりセーフ……!」

「どうした?」と、シカマルが振り返る。

「な、なんでもないの!」

私は慌てて忍具ポーチに簪を滑り込ませた。これはあなたからもらったものなの、なんて、本当のことはとてもじゃないけど言えない。
シカマルの射抜くような鋭い視線が私の顔を捉え、すぐに逸らされる。片目の輪廻眼を見て、何か思うことがあるに違いない。

気まずい沈黙が流れる。
たぶん私は信用されてないんだろう。この瞳はかつて木の葉隠れを滅ぼそうとした敵でもある。
第一、私がこの瞳とどんな関係を持つのかも、今のシカマルは知らないのだから。

「あの……六代目様から聞いた?私の目のこと」

「あいにく時間が無くてよ。忍識札と任務歴を見してもらっただけだ」

「そっか……事情を話すとそれだけで日が暮れちゃうからやめとくけど、お願い、信じて。私は木ノ葉の忍だから」

シカマルにだけ届くように声量を落としたけれど、そうしなくても墨の翼は、風を切る音で他の音を塞いでくるのだった。

「別に疑ってるわけじゃねェよ。味方にいりゃ心強い能力だろうしな」

今の彼にとって私は“能力”だ。そして彼は私の“隊長”。嘘といなして関係無い人に仕立てあげたのは私のほう。
シカマルの言葉につられるように、笑みを作った。

「任せて。危ないときは守るからね 隊長さん」

「めんどくせーけど、女に守られるわけにゃいかねェな」

進路方向に顔を向けたまま返された一言、それはいつものシカマルの台詞。おじさまの背中を見てシカマルが悟った教訓だ。
やっぱりシカマルはシカマルだ。何も変わっちゃいない。
でもたったひとつ、足りないものがある。

シカマル、ねえ この気持ちを抑えて、私はどんな風にあなたを呼べばいい?

「……そろそろ影分身が消えた辺りだよ」

目の前に広がる背中を掴むことすら出来ずに、私は歯痒さを胸に押し留めた。

「解った」

私の迷いなど知るよしもなく、シカマルは相槌を打ち、隊員へと顔を向ける。

「ヒナタ、感知頼む!」

「ハイ!」

* * *


雪化粧を施した森の上空でヒナタは白眼を発動し、つぶさに地面を追っていく。やがて、何かがヒナタの視野に煌めいた。

「ハナビのクナイだわ」

雪に隠れていたのは人形のストラップがついたクナイだった。クナイは微細ながらもチャクラを帯びていて、そこから主人の居場所へと私たちを導くように跡を引く。
私の影分身が消え、サイが見失った地点とも寸分違わない。

「とても深い洞窟……地の底まで続いてる。泉があるみたい」

痕跡を辿った先、北西の方角には、洞窟の入り口があるという。重要な手掛かりだ。ハナビちゃんはそこにいるかもしれない。

「そこ、行ってみようぜ」

シカマルは二人の背後に歩み寄り、呼び掛ける。
リュックを背から腕へと抱え、ハナビちゃんのクナイを収納ポケットへと大事にしまいこんだヒナタ。一連の動きを見ていたナルトは、口の開いたリュックの中身に目を止める。

「マフラー持って来てたんだな」

ヒナタの持ち物の中央には、たしかに赤い毛糸の塊が見えた。そういえばヒナタ、昨日の夜も赤いマフラーを持ってたっけ。あれは二つに裂けてボロボロになっていたはず。
編み直してるのかな。

「う、うん」

ヒナタは濁すように頷いて、リュックを背中にしょいなおした。

「いこう」

傍に控える鳥の背でシカマルはもう準備を整えていた。急いで飛び乗る。
離陸の瞬間に体が揺れて、わたしは思わずシカマルの肩に手を乗せてしまった。

「!」

ふいにゼロ距離になる体。
懐かしい匂いが鼻先を掠める。

「ごめんっ!」

「いいって。こき扱っといてなんだが、結構乗り心地悪いよな。サイの術」

シカマルが少しはにかんで、それだけでまた胸が軋むように痛んだ。

掴まっててもいーぜ、って言ってくれる。いつもなら

すぐ近くにいるのにこんなに遠いなんて。二年を耐えてようやく会えたのに、近づけば遠くなる。
こんなに近くにいられたら触れたくてしょうがなくなるよ。

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