▼11 運命じゃない人

それは昔々のお話。
真っ白の雪の絨毯に、背丈のちいさなアカデミー生の、二人ぶんの灰色の影が伸びていた。

「でね、いのがサスケのこと運命の人だって宣言したら、サクラってばもうカンカン!たいへんでさ〜」

白い息をはきながら、シズクのおしゃべりはとまらない。

「ねえ シカマルは運命って信じる?」

「ねーよンなもん。ただの偶然だろ」

尋ねられたちょんまげの影法師。への字に曲げられた口は必要な言葉だけをぶっきらぼうに返す。

「偶然は運命とは違うの?」

「自分で考えろよ。めんどくせー」

木々は細い枝先にまでまんべんなく粉砂糖を振りかけられてた。雪を踏みしめて進む帰路には二人ぶんの足跡。
いつまでも。



「お前とシカマルが付き合ってて、婚約してるってことを隠せって?」

シカマルに対して皆で嘘をつくようにとシズクが提案してくるものだから、カカシははじめ、シズクが自暴自棄になったのかと耳を疑った。

「幼馴染みってこともね」

「騙し通せるあいつじゃないでしょ」

「覚えてもない相手が自分の幼馴染みで恋人で婚約者だったら混乱するでしょ?小隊長につくシカマルに余計な思考をさせたくない。私のこと以外覚えてるなら、邪魔がなきゃいつも通り任務に集中できる」

「お前は婚約者の存在が邪魔なものだと思うの?」

「……ええ。シカマルの判断に支障をきたすのなら」


火影としても、二人のために身を引いた男としても、カカシは首を縦に降るわけにはいかない。
はっきりとした物言いのあとに、二人は数秒間無言で見つめ合った。否、メンチの切り合いに近いものだったかもしれない。

「任務の成功率をあげるためにも必要な嘘です」

いつからこんな駆け引きができるようになったのか、カカシは顔をしかめた。
敵は木ノ葉隠れに容易く侵入した手練れ。退路の方角はおおよそ掴めていても正体はおろか目的すら定かではない。彼女が囮として動向する以外に、今のところ接近のチャンスもない。

「大丈夫。ハナビちゃんを助けて地球も救って、その宝具から記憶を取り返せばいいんだから。私頑張る」

シズクは気丈に振る舞い、偽物の笑顔で魔法の言葉を繰り返す。

「大丈夫」

心配だ。
だって彼女は演技が下手だから。


シズクが勢いよく尻餅をついた光景こそ目撃に至らなかったものの、前を歩くシカマルには、ぎゃあという全くの可愛い気のかけらもない悲鳴だけが耳に入っていた。

「いったい!」

振り向けば、雪に埋まったシズクが。

「考えごとなんかしてっからだよバーカ」

「シカマルが自分で考えろっていったんじゃん」

シズクはおしりから腰まですっぽり雪に埋もれ、なかなか身動きが取れずに苦戦していた。白いため息をひとつ。シカマルはポケットから深緑色の手袋に包まれた手を取り出し、シズクに差し出した。

「ホラよ」

シズクは何やらポカンとした表情をしてシカマルの手を見つめている。だんだん気恥ずかしくなり、シカマルは眉に皺を刻んで急かした。

「早くしろよ!置いてくぞ」


水色の手袋がシカマルの手を掴み、ぎゅっと握る。軽い力で引っ張りあげれば、シズクはぴょんと立ち上がり、コートについた雪をはらった。仕草から機嫌のよさが伺える。

「シカマル!わたし判っちゃった!」

「は?」

「こうやって、」先程差し出されたばかりの手をもう一度握り直してシズクは笑う。屈託なく。

「引っぱり合う力があるでしょ。これが運命なんだ」




五つの印と術者の血で呼び出された一羽のカラスは、主人の片腕で艶のある翼を羽ばたかせた。
アカデミー時代に拾われ現役を貫く老齢の忍カラス。シズクは文を細長く折り、相棒カンスケの足に結びつけた。広大な砂漠でも迷いの森でも、届けばあいつは必ず来てくれる。きっと力を貸してくれる。願いを込めて腕を伸ばすと黒い羽は瞬く間に夜の藍色に溶けていった。

シカマルの目が覚めたとの一報を木ノ葉病院から受け、シズクが急いで向かった先は、診察室ではなく奈良一族の本家だった。

明星の時分にもかかわらず家にはあかりが灯り、母が帰りを待ち侘びている。


「お帰りなさい。……大変だったわね」

コテツが気をきかせて奈良家に事情を通しておいたため、ヨシノはもう状況を理解していた。
あまり時間がない。
シズクは玄関先に腰掛けてヨシノを仰ぎ見る。

「今しがたシカマルが目を覚ましたそうです。直に帰ってくるでしょう。明日の任務の支度もありますし」

どちらともなくそっと握りあった手は、朝方の冷えこみで冷たくなっていた。

「私もシカマルと一緒に任務に向かいます。これから里には待避指示が出されます。おかあさんは、里の指示に従って一族の皆さんと共に避難をお願いします」

「わかったわ」

「……それと、これを」

シズクは自らの羽織を脱ぎ、ヨシノの肩にセーターの上から着せかけた。純白の衣に包まれて感じるあたたかさ。

「雨の里特製の織りです。頑丈で火炎も氷も防ぎます。おかあさん、預かっていてもらえませんか?シェルターは夜も冷えるでしょうし」

しばらく見ないうちに娘が母を気遣うまでに成長したことが感慨深い。こどもなんてせっかく育ててもすぐ大きくなって出ていってしまうと、ヨシノは時々思うが、今は自律した立派な姿が何よりも嬉しかった。

「こっちは任せて」

「お願いします。おかあさん、どうかお気をつけて」

ヨシノはしっかりと頷き指先に力を込めた。


「シズク」

空元気な娘を気遣い自分からは何も聞かないでいたが、立ち上がって戸を引いたシズクに、一言だけ問い掛けた。

「運命って、あなた信じたことある?」

「……え?」

突拍子もない空を掴むような質問にシズクは面食らい、二の句も紡げず、濁してしまう。そんな反応にヨシノはにっこり微笑んで見送った。心配しなくても大丈夫よ、と。



「そういうのは女が信じるモンだろ」

「おじさま信じてたよ。男は案外ロマンチストだって」

「くそオヤジ」

シカマルは小さく舌打ちして道を進んでいく。丈の短い子供用ブーツで雪を掻き分けるようにして歩くから、ズボンは雪で染まり出していた。

「びちょ濡れになっちゃうよ?」

「いーんだよ」

投げやりな言葉。シカマルの踏み締めた轍をシズクがとことこついていく。

「じゃあ、偶然が二回続いたらそれは運命?」

「それは奇跡っつーんだろ」

「じゃあ三回めは?」

「それは……」



運命を信じたことなら、勿論ある。
多分、今いちばん強く。




召集の時間になり、火影室の前で出くわしたシカマルからは、昨日の襲撃の被害もこれといって見受けられない。しかし目が合うと、シズクにも聞こえる声量で確かにこう呼んだのだ。

「アンタは……」

名前でもお前でもなく、他人行儀な呼び方で。大切についた小さな嘘の壁を容赦なく突き破ってくる。

「六代目から話は聞いた。昨日は疑っちまって悪かったな」

「こちらこそ、巻き込んでごめん。えっと……改めて、私は月浦シズクです。よろしく」


今は幼馴染みでも恋人でも婚約者でもない、何も知らない忍仲間だ。


運命なんてないと小さなシカマルは言っていた。
それはただの偶然。
二度続けばそれもまた奇跡と呼ばれる偶然。
確率の話。

あの頃は当たり前のように足跡がいつも二つだった。今もあの日の帰り道は確かに続いてる。

運命じゃなくても。
左薬指の指輪を引き抜いていても。
三度目があるなら繋がせて。

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