▼08 裂けた赤い糸

「私を追って里まで来るなんて…」

「心当たりあんのか」

「うん」

小声で合図した次の拍子に、木陰から何者かが姿を現した。
木ノ葉の里への帰路に立ち塞がった銀髪の青年だ。
背後には顔を晒さぬ忍衆が控えている。
里の民が寝静まる夜に、この前のような派手な奇襲をかけられでもしたら。
未だ瞼を開かない男に対して声を張る。

「ここでは争いたくない。あなたは一体誰なの?」


「ボクの名はトネリ。来てもらおう 帰るべき場所へ」

トネリの腕がこちらに向けて流暢な動きで差し出され、袈裟がするりと揺れる。見ていないとは思えないほどの余裕だ。
忍衆は間合いを詰め私たちを取り囲み、シカマルは後ろ手で即座に印を組める体勢を整えていた。


包帯の覆面たちは距離を縮めながら着実に円を固める。トネリという男はまだ歩を進めない こちらの動きを待っている。

「泡でできた螺旋丸みたいな術を使う。部下は傀儡。どこの里の忍かはわからない」

「コテツさん帰しちまったのはまずかったな」

数はおよそ二十の力量の知れない相手に二人。背中合わせのシカマルの片手はゆっくり腰のポーチへ伸ばされている。将棋も囲碁も先手が有利になる戦いに彼が後手に回るわけがなかった。

「行くぞ」

小さな合図と共にポーチから引っ張り出された発煙筒。敵の半分は私へ、もう半分はその場にしゃがみこんだシカマルへ一気に襲い掛かる。邪魔はさせない。私は右の掌を正面、左をシカマルの頭上を通過して、充分に引き付けてから敵へ掲げる。

「神羅天征!」

忍衆たちは斥力に抗えず一様に宙へと投げ出される。その中心で発煙筒は空に向かって打ち上げられ、赤い狼煙が夜空へ上がった。

帰路を辿るコテツさんや仲間たちの応援が直にくるだろう。
去るか 来るか。
トネリは後者を選んだ。

輪廻眼の斥力の衝撃で破損した傀儡衆のうち六割が立ち上がったとなると、多少の欠損ではびくともしないのだろう。傀儡は分身に相手を。手下が人形ならばトネリがそれを操っているであろうトネリを影真似で拘束しなければ埒が明かない。
シカマルの影がトネリを追う。計算され尽くした軌道を鮮やかにかわすトネリの手にはあの泡玉。

瞬身でシカマルの目の前へと飛来した。

「封術吸引!!」

シカマルの鼻先を掠める前に私の掌が泡球に触れ、たちどころに吸収する。心強いことこの上ない。この術も輪廻眼の力の一種だ。
隙を突かれたトネリの動きが急に止まる。彼の足元の影はシカマルのそれに繋がっていた。影真似が成功したかに見えたその時、私の背後には不穏な気配が。

「!」

振り向けばトネリは不敵な笑みを唇に宿してそこにいる。手に泡球はないが今度は薄桃色のベールのような布が握られている。距離はゼロ。条件反射で彼の前に掌を翳して気が付いた。―――今はインターバルの五秒間なのだと。

クナイのホルダーに手を伸ばすも間に合わない。まるでそれ自体が発光してるかのような、透けるほど薄い、きらきらと眩い繊維がいつしか視界を覆い尽くす。
そのあまりの美しさに眼を奪われて。

「シズク!」

シカマルに後ろから強い力で思い切り引っ張られたことにさえ、身を固くできなかった。


スローモーションに映る世界。切り取られるのは巨大な三日月の夜空と、ベールがちょんまげ頭を肩まで覆い被さる光景。
引っ張られる力のままに尻餅をついて、ベールに覆われたシカマルは崩れるように前倒しになった。

「シカマルっ!!」

トネリが淡く光るベールをシカマルの体から剥がし取る。
シカマルに駆け寄った。脈はある。けれど意識がない。頭と肩を腕で支え、上半身を自分の体へ預けさせる形で起こす。

「余計な真似を……」

「シカマルに何をしたの!?」

見上げたトネリの顔は泡球の放つ緑の光に照らされていて、瞬きする間もなく、私の視界は暗転した。




輪廻眼に秘められし力は引力や斥力だけでなく、忍術やチャクラを吸い取る能力、魂を抜き取る能力数多の動物口寄せなど様々である。そして、父が六体もの化身を作り出した術は戦闘にとどまらず隠密追跡において効力を発揮する。
忍びたる者裏の裏を読み、基本は気配を消し隠れるべし。
トネリが姿を現す直前に私はシカマルの背後で影分身と入れ替わっていた。地中に潜伏した私の元に、輪廻眼の視覚共有によって地上の様子がリアルタイムに送られてくるのだ。
しかし、シカマルが倒れ僅か数秒後、まだ分身が存在してる感覚はあるというのに、その光景は瞼の裏の暗闇に切り替わった。

衝撃波と爆発音は土の中ですら重く響いてきた。トネリの気配がすっかりなくなったのを確かめて、私はようやく地面から顔を突き出した。

「……シカマル!」

地上にはシカマルただ一人が横たわる。トネリも手下の忍衆も、影分身の私もいない。おそらく連れ去られたんだ。

強烈な衝撃波と遠方の爆発音が耳をつんざく中、私は即座にシカマルに駆け寄った。

「シカマル!」

脈拍も正常で、幸い意識がない以外に主だった外傷も見られない。声をかけ続けると、やがてシカマルの眉間がぴくりと動きを見せた。ついで開かれる双眸。

「よかった!気が……、」

黒い瞳が私へ焦点を合わせた瞬間、シカマルは強引に私の腕を振り払う。
思わず目を疑った。

「……お前 さっきの奴の手下か?」

シカマルは凍てつくような視線で私を捉えたまま、身を引いたのだ。敵に対して間合いを取るのと同じように。

「奴らはどこへ消えた?関係あるんなら、なんでこの里に来たか目的を吐いてもらおうか」

真っ赤な炎を纏った岩石が、火影岩の遥か背後へと姿を消していった。

- 455 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -