▼07 Moon River
奈良家に顔を出し、おかあさんと話に花を咲かせているうちに日が傾いてく。シカマルってば、ちっとも帰ってきやしない。夕飯を食べ、私は再び外出した。里はいつの間にか雪が降りはじめる季節になっていた。
買い込んだ花の最後の一束を共同墓地にそれぞれ活けると、辺りは夜に沈んでいた。
「ただいま帰りました。おじさま」
墓前での、久しぶりの報告。由楽さん、三代目様、アスマ先生、ネジ、いのいちさん、シカクおじさま。みんなが守った木ノ葉の里は 2年前より活気づいているよ。平和って、こういう彩りに溢れてるんだね。
「挨拶回りなら生きてる人間からにしろっての。めんどくせー」
おじさま、聞こえるこの声は幻?それとも おじさまが呼んできてくれたの?
夢じゃない。
両手をズボンのポケットにおさめたシカマルに 私は飛びついて腕を回した。
「シカマルっ!」
ベストの胸元に額が触れて、気づく。シカマル、身長がまた伸びたんじゃないかな。
終戦後間もなく、雨隠れの長期任務に単独で赴いた私は、知り合いのいない地で新たなスタートを踏み出した。当たり前の日常はそこにはなく、当たり前のように隣にいたシカマルも当然、遥か遠くのふるさとに。
覚悟の上の任務。けれどどうしても寂しくて、会いたくて、私は手紙を書いた。雨と木ノ葉のそれぞれで検閲が入り、いつどこで誰の手に渡るかもわからない文面に、相手の名前が綴れなくても、一ヶ月に一度の短いやり取りでも、木ノ葉から手紙がくると嬉しくて足取りも軽くなった。
送られてきたシカマルの手紙は何度となく読んだ。
任務で遅い日には夜に返事をしたためた。
ひとりきりの部屋の窓から覗く広い川、月明かりが水面に映えて美しい。火の国へと繋がるあの川の向こうから手紙が届くのを来る日も待ちわびて過ごした二年。
あなたとの未来を思いながら はなれた二年。
やっと帰ってきました。
「ただいま」
「……お帰り、お疲れさん」
ようやく名前を呼べる。
「里に帰ってんなら連絡烏送れよ」
「だって 今日はミライちゃんのお誕生日会なんでしょ?邪魔したくなくて」
僅かに怒りの色がちらつく精悍な顔つき。三日月が影を形づくる。面影はますます昔のシカクおじさまに近付いている。もう少年とは呼べないような凛々しさがあった。
「ほんとは真っ先に会いに行きたかったんだけど」
共同墓地の真ん中で寄り添うなんて罰当たりな気もするけど、それでも今はそのあたたかな腕の中に 少しでも長くおさまっていたかった。
私はとんだわがままでしょう。自分の夢と理想を追いかけて世界を探しに飛び出していってしまった。シカマルの夢など、秘めた決意など知りもせず ましてやそれを支えようという気遣いもできなかった。
それなのにシカマルはずっと待ってくれていた。
月の川の向こうであなたが励ましていたから、いつか胸をはって帰れるようにと折れずにやってこれたんだ。
これからは好きなときに 一緒にいられる。
思えばいつも私は私のことばかりだった。
シカマルの元におかえり、とカカシ先生は言う。
シカマルの心配を汲んでやれ、とコテツさんは諭す。
考えてたの。どうすればあなたに返せるんだろうって。
「コテツさん、つまり自覚って?」
「そうだな、例えば……」
「例えば?」
「シカマル」
背中に回した腕を解いて向き直り、鋭い切れ目から視線をそらさないように相手の顔を見上げる。
「ずっと……ずっと待っててくれてありがとう。シカマルのお陰で頑張れたんだよ。だからこれからは私をシカマルの好きにしてください」
黒目は大きく見開かれたまま静止する。
かわりに私の肩を包んでいた両手がぴくりと僅かに身動ぎし、遠退く。
「は?」裏返るシカマルの声。
「私のこと、好きにして」
シカマルの反応がやたらと鈍い。その上、明らかに狼狽している様子だった。
稀有なリアクションだ。
あれ、おかしいな。変なこと言ったかな?
その一言で伝わるからあとはおとなしく男に委ねておけばいいって、コテツさん言ってたのに。
「お前、何寝惚けたこと言ってんだよ!」
繰り返すと今度はちゃんと耳に届いたようだ。しかし予想と違いシカマルは頬をうっすら赤く染めつつも苛立ちの表情を露にした。
「私寝惚けてなんて―――」
最初に私が。
1拍遅れてシカマルが。
それぞれ気配を察知して顔を真横に向ける。
「!」
水を打ったように静まり返った共同墓地と慰霊婢の丘へ無言の歩み。雪を踏み締める音さえ無い。
それなのに空気は一変して重い。
来訪者の方向に体を向き直すと、シカマルの背中が壁の如く目の前に立ち塞がった。
この気配には覚えがある。
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