▼05 博愛主義者に告ぐ

促されるまま握手を交わし、写真を撮り、そのはにかんだ顔にすら人を惚けさせるものがあって。
只今不在でこの子の隣にいられないあの生意気な後輩の代わりに、一言忠告しておくべきだな。

「そのお人好し、もうちょっと自覚してやった方がいいと思うぜ」

「え?」

脈絡のない言葉に、シズクは町並みからオレへと視線を移す。

「お人好しにつけ込む輩だっているんだぜ?昔のオレみたいにさ」

「?」

「オレ…昔、お前のことちょっといいなって思ってたんだ」

言うなら今しかない。
もう過去のことだが、過ぎ去った気持ちだからこそ 伝える必要もあるんだ。

淡い恋は、何年か前に遡る。

「コテツお前さ、いい加減ちょっかい出すのやめたら?」

飲み会帰りにイズモがとある通告をオレに言い渡したのだ。

「何の話だ?」

問い返せばシズクのことと即答されて オレは何が何やらさっぱりだった。

「シズク?今日はちょっかいなんて…野球拳もしなかっただろ!」

オレはやましい気持ちでシズクに野球拳を提案したわけじゃない。
リベンジだった。中忍試験の打ち上げ飲み会でオレは新人中忍の彼女相手に見事玉砕し、パンツ1丁の辱しめを受けた。屈辱。漢はがねコテツ、負けたままではプライドが許されぬ。
シズクを脱がせたい気持ちよりただの一度でもジャンケンに勝利したい気持ちの方が勝るようになっていたのだ。もとより、後輩を脱がせてセクハラしようという気もそんなになかったんだが。


「シカマルのやつが邪魔しなけりゃリベンジできたのに!」

「今日の飲みはカカシさんがいなかったからな」

相方のイズモが堪えきれずに笑いだした、その理由が分からない。千鳥足で歩く夜。切れ味の良い刃物みたいな細い三日月。酒のせいでイズモは普段より饒舌になっていた。

「なんでカカシさん?」

「コテツお前、あの野球拳が本当にシズクの運の強さだって信じてたのか?あれは二人羽織ならぬ三人羽織だよ。カカシさんが写輪眼でジャンケンを見切って、シカマルが影真似でシズクの動きを誘導してただけだ」

「ハァ!?何だよソレ!シズクの画策か!?」

「シズクはアルコール回ってたからな、気づいてないだろうよ。大方、カカシさんとシカマルの機転だ」

「それじゃカンのいい奴は面白がって笑いながら見物してたってわけか?シカマルのヤロー、先輩を出し抜きやがって!」

踵を返したオレ。足元はおぼつかない。イズモの声がどこからか聞こえる。

「やめとけよ。あんなさ、キレ者二人が金剛力士像並みに両脇で聳えないと守れないレベルのお人好し」


悔しかったんだ。
カカシさんとシカマルに一泡食わされたことじゃない。オレの方が彼女をずっと目で追っていたというのに、傍らの親友の方がシズクについて核心を得ていたことの方が。
とどのつまり、恋そのものに浮かれて好きな子のいいところしか見てなかったのだ。

それが本人の感情であれ他人の感情であれ、月浦シズクは疎いのだ。仲間愛、家族愛、恋愛。13歳になってもシズクの中ではそれら全てが一括りにされていた。育ての親からいっしんに愛情を注がれようと、他方里の民からは冷たい視線を注がれてきた結果の彼女の防衛本能かもしれない。

シカマルとの関係が顕著な例だ。ハタから見てもあの二人、普通の幼なじみじゃない。それをシカマルは熟知してるのに、当事者の片割れは全く理解していなかった。イズモが指摘した夜から数年後、シズクは自分の感情をようやく理解したらしく、二人の距離は変動した。しかし今でも、彼女は求められれば握手にもサインにも野球拳にも応じるだろう。
困ってる奴には情けもかける。
拒まない。
拒めない性格なのだ。
無自覚の博愛主義者もいいとこだ。

その代償を危惧してカカシさんとシカマルが徹底した守りに入るだろ。二人の尽力に比例して彼女はさらなるタチの悪い甘ったれに。悪循環のループだ。

“お前まであのポジションに入るのか?”

愛と恋は違う。この淡い感情が叶いやしないこと。オレの想いの行き止まりすら示すあのときの打診。

「お前だけツケを被るんじゃないんだ。無自覚ってのは時に自覚があるより罪だぜ。やるんならいっそ自覚されてたほうが、男の側としてもマシだ」

じゃあ愛とは何ぞや?
オレにはわからん。
教えてくれ。

中忍試験で戦うシズクに惚れた。後ろ姿が健気だった。理由なんて、それくらいでいいはずだ。
だがオレの恋など入り込む余地もないくらいシズクの周りはまるで次元が違って、彼方の惑星なのだとようやく気づいて。


「わりィ。ちっと説教クサくなったな!要はシカマルの心配も汲んでやってくれってことだ」

好きな子の優しさにつけこんだオレが今本人に言ってやれることはそんだけなんだ。

「コテツさん」

シズクは足を止める。「なんだ?」もう彼女はオレが何を言っても困ったようには笑わない。


「私はコテツさんが飲み会の度に構って色んなお話してくれるの、とても嬉しかったです。武勇伝とか」

「懐かしいな」

「あと野球拳とか」

「あれは散々恥かかされたっけなァ」

「懐かしいですね」

そう、もはや懐かしがる過去の話。
その好きは決して互いの平行線を越えない。
あの頃はどんな人混みでも簡単にその姿を簡単に見つけることができた。嬉しそうな横顔が隣をすり抜けるたび、二人して歩いてみてえって胸がきりりとちいさく音を立てて。
それが念願叶って今、夕暮れの道を隣で歩いているというのにあの痛みはここに無い。風に吹かれてどっか飛んでいっちまったんじゃなく、オレが手放したんだ。
気持ちと一緒に。

今じゃ輪廻祭を一緒に過ごす女がいる。
あの頃想像してた未来じゃないが、多分それよりずっと満ち足りた未来。満ち足りた今だ。
そんでも あの頃お前に惚れてたんだぜなんて今後一切言ったりしねえけどさ。少し切なくも思う。嬉しくも。
やっと対等になった気がした。

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