▼02 サンクチュアリ

冬の澄んだ空気に、里を染める色とりどりの飾り。毎年の光景を目にすると、懐かしい思い出が蘇ってくる。

「ねえカカシ!あれ、なんてよむの?」

シズクの、もみじみたいにちいさな手を握るため、腰を落としめにして歩くのにも 慣れたころだった。
繋いだ手の主が、商店街のあちこちに貼られたポスターを食い入るように見つめているのに、気がついて。オレも同じように眺めた。

「“輪廻祭は一番好きな人と過ごそう”……か」

「りんね?」

本来ならば死者の魂に祈りを捧げる 厳粛な祭り。それが今では、大切な人と会い、おいしいものを一緒に食べてプレゼントを交換する 恒例の日に定着している。秋から冬に移り変わるこの季節、年々町は賑やかさを増していくように思えた。

「ああ。今日は一番大切な人と一緒にいる日なんだよ」

スーパーで買い忘れたものがある、と嘘をついて道を引きかえした由楽は、実はケーキ屋へと走っている。食事のあとに、真っ白のショートケーキをサプライズで出して、シズクを笑顔にするために。
ほんとうは内緒にしておく計画だったが、バレてしまいそうだ。

「じゃあわたし、毎日“りんねまつり”だ」

「ん?」

「だって毎日いっしょだもん」

えへへ、と笑って嬉しそうにマフラーに顔を埋める仕草が愛らしい。この子は素直で、ときどき眩しいくらい純真無垢だ。

「ね、カカシのいちばん好きな人はだあれ?」

「え ひーみつ」

「ずるーいっ」

オレたちのいちばんは揃って同じ人。言えば当然バラされるに決まってる。答えられるわけもなく、はぐらかした。

「そういえば、お前の好きな人ランキング第二位は誰なのよ」

「第二位?」

「二番めってコト」

知り合いの数少ないシズクの次なる候補は誰なのか、多少の興味があった。


あのときシズクはすぐに答えた。

「二番はカカシとシカマル!」


今では思う。オレは永遠に二番手でいい。お前が笑ってその日を迎えるなら。


* * *



「ただいま帰還しました」


シズクは火影室に足を踏み入れると、オレに向かって粛々と頭をさげた。
第四次忍界大戦の終結からまもなく 仲間のいない異国の里へ シズクがひとり飛び出していって、季節は二回ずつ巡った。

「長期任務ごくろうだったね」

ゆっくり数秒かけて、立派になった弟子を頭の先からつまさきまで眺めてみる。
凛然とした姿から伺い知る彼女の二年間。しかし、その気苦労を感じさせないような晴れやかな笑顔。幼いころのお転婆な気質をいったいどこへ隠したのだろう、しゃらん と長旅用の笠につけられた小鈴の音がまだ耳元で鳴っているようだ。
後ろに控えているコテツが、年甲斐もなく耳まで真っ赤になったのには気付かないふりをしておいてやろうかな。オレだって口布がなければ 今頃この顔はだらしなく歪んでいるに違いない。
顔をあげた彼女は、僅かに微笑んでいた。

「綺麗になったな シズク」

「火影様ったら相変わらず口が上手いんだから」

「お世辞じゃないよ。ホント」

成長したのは見た目だけじゃない。医療忍術の普及をはじめ、シズクは雨隠れ里の維新に大きく貢献した。彼女が纏う羽織はあちらから贈られたものだと、嬉々として話す。

「里長会談の後に、お前を正式に雨隠れの忍に迎え入れたいって申し入れがあったよ。シズク、お前にも直接話があったろうけど……良かったのか?」

「お誘いのお言葉は嬉しくいただきました。ただ 私は木ノ葉の忍としてこれからも雨隠れと共に歩んで参りますって、そうお答えしたよ」

シズクは纏った衣をそっと指でなぞる。
白い織りに描かれた淡い水色の雲は、“暁”の忍装束をどこか連想させたが、血の雨は降らせないという 彼女と故郷との約束が込められているのだろう。
本人がどう思うかはさておき、歩き巫女を意識してか彼女にいつしか通り名がつき、木ノ葉の里でも聞かれるようになった。

「なるほどね。まさしく“真白の巫女”ってわけか」

「やめてよ。たまたま私の忍術を見た人がつけただけで、私そんな大層な人間じゃない」

シズクの照れ臭そうに笑うのを見、ああやっと この子が帰ってきたんだな、と安心した。
久しぶりの再会なのだから いつまでもでも他愛のない話に花を咲かせていたい。
しかし里を守る影の立場として気になることは絶えなくて。


「―――で、到着予定日より1週間も早いご帰還の理由は……あれか?」

太陽のように空を照らす巨大な月をちらりと見ると、シズクも同じように空を仰いだ。彼女の瞳がたちまち忍のそれに移り変わる。

「はい。雨隠れの里も月の異変を危惧しています。緊急時に対応できるよう、忍連合とコンタクトを取りやすい木ノ葉へ帰還を早めてもらえました」

「やはりそうだったか……」

あと半刻もすれば開始される五影会談の議題は、月の接近についてだ。忍の勘というやつだろうか 忍たちは皆、世界の異変に気を咎めている。


「それと……実は 帰路で賊の奇襲に遭いました」

「賊?」

「はい。傀儡を扱う異国の忍たちで……私の目を狙っていました」

輪廻眼を狙う謎の忍たちについての報告を受ける。希少の瞳術を物珍しさに狙うだけの輩なら有難いが、今回はそう簡単に収束しなさそうだ。
同じく三大瞳術のひとつである白眼を持つヒアシさんが一向に里外から戻る気配がないのも、不安を掻き立てる。

「今夜が五影会談とお聞きしたので先に報告をとあしらってきてしまいました。……なんだか胸騒ぎがします。追跡調査に向かっても良いでしょうか」

「追跡は頃合いを見て別動隊に行かせるよ。通常時ならともかく、五影会談中は不安要素のある任務は御法度だからね。今すぐは控えたほうがいい」

「でも」

「これは火影命令。それにお前は長期任務を終えてのせっかくの帰郷でしょ。少し休んでちょうだい」

こんな言い方はずるいかな。
でもお前は、そうでも言わないとオレの気持ちも考えずに飛び出していってしまう。その性格は二年経っても変わってないだろう。その確信があるから。

「輪廻祭の前に帰還を組んだのだって、頑張ったお前に大切な人と過ごしてもらうためのご褒美のハズだったんだけど?」

含みのある言い回しに、シズクの唇はほんの僅か 緩みかけた。オレにはもう写輪眼はないけど判る。今 彼女の脳裏を過った人物が誰であるのか。

一番を覆したかったこともあった。あの頃の気持ちは今も色褪せないまま胸の奥にしまってある。
二番手で構わないと今では思う。
旧友として、後見人として、師匠として、振られた男として。そして今は六代目の火影として。これから変わることなく、聖域のように大切にすること。これがオレがシズクの見守り方だ。
さあいっといで。アイツのとこに、さ。

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