▼カジとヌイ
里の市街地を離れてから数時間後。カカシ先生が立ち止まったのは古いほったて小屋の前だった。
「ここだよ」
苔むして年季のある壁板。地面には錆び付いた古道具があちこちに散らばっている。
雑草は生い茂り、人の手が入っている様子はない。
「ほんとに人が住んでるのかな」
「そのはずなんだけど。ま、オレももう十年近く会ってないからな」
「え」
わたしとカカシ先生は手分けして家主を探すことにした。分け入ると、奥に畑を見つけた。やっぱり人が生活してるんだ。
「ごめんくださーい」
何度挨拶をしても答えがないので、無礼承知で足を踏み入れた。小屋の戸は開け放たれた状態で、屋根の隙間から差し込む光で、室内の埃がキラキラと反射していた。床にもいろんな武器やら生活品が散らかっていて、歩きにくいなあ。
「どなたか……」
言葉を遮ったのは、刀が空を斬る音だった。
「!」
頭上から刃が振り落とされ、部屋中の埃が舞った。構えの姿勢で後ろに飛び退いて小屋を出ると、視界がクリアになる。短い黒髪にミニスカート丈の着物の女の人が、目の前に映る。
その人は長刀の柄でトンと自身の肩を叩き、わたしを睨んでいた。
「人んチにノコノコ入ってきやがってこのドロボーが」
「すみません!声をかけてもお返事がなかったものですから わたしたちドロボーでは……って、ストップストップ!」
頭をさげて謝ろうとすると、女の人は聞く耳も持たずに突進してきた。
「話をきいてくださいっ」
完全に無視だ。ヒュ、ヒュと太刀が空を切り、何度もわたしの体の近くを掠める。かわしながらクナイで刀を止めようとするが、さっきからどうも剣筋が読めない。
「っいて!」
おかしい。右と思えば左、前にいたのに軽く背後をとられていたりする。速いのに、とても優雅な動きだ。翻弄されて思うように太刀をかわせてない。
「わァっ!」
刃を交えてる最中に不覚にも動きに見とれてしまい、わたしは逆刃で突き飛ばされた。
「待ってください!わたし、か、鍛冶屋さんを探しに来たんです!」
「鍛冶屋?ああ、いるよ。師匠になんか用」
「わたしの先生がその方に御用があると」
「先生だあ?」
「はいっ!はたけカカシ先生です」
「畑のかかし?誰だそりゃ ふざけてんのか」
「ええええっ」
師匠、ということはこのお姉さんはお弟子さんなのかな。
ギラリと光る刀がもう一度わたしに狙いを定める。だから、す、ストップってば!斬られる間際の瞬間、遠くから男の人の声を耳が拾ったのと同時だった。
「おーいヌイ!なに遊んでんだァ?」
「あ、師匠」
「助かった……」
まばたきを繰り返し、目の前のお姉さんと、手を振って歩いてくる法被姿の男の人とを交互に見比べた。彼の隣にはカカシ先生もいるじゃないか。
「カカシ、あれがお前の弟子か?」
「そ」
「そんなら自己紹介しなくちゃな。オレが木ノ葉一の武器職人、カジだ!で、そっちの怖えのがヌイ。オレの弟子兼助手だ」
「は……はじめまして、月浦シズクと申します」
「なんだ。泥棒じゃないわけ」
「はじめからそう言ってるじゃないですか!」
カジさんはわたしを上から下まで見渡すと、にかっと笑った。
「将来有望そうな嬢ちゃんだ。うらやましいなーカカシ!」
「なにがよ」
「師匠それセクハラ発言」
「おいおいヌイ嫉妬かー?」
「冗談すぎると埋めますよ」
ため息をつけば、カジさんは豪快に笑った。
「珍しく客もきたしハラも減ったし、みんなでメシにするかね!」
……なんか、マイペースな方だなあ。
*
川で捕ってきた魚を焚き火にくべらせ、先生はイチャパラを読み、ヌイさんは刀の手入れをし、カジさんは酒を浴びるように飲んでいた。
わたしはというと、未だに例の感応紙と格闘中。両手で印を組むようにして、立てた人差し指と中指に挟んでも、一向に感応紙は再生を繰り返し、灰になりはしかった。
食事のあとで、カカシ先生はイチャパラを閉じて話を切り出した。
「で、カジ、お前に頼みがあるんだけど」
カカシ先生は荷物から大きめの包みを取り出すと、丁寧に解き始める。中からあらわれたのは年季の入った白い刀だった。焚き火の揺らめきに照らされたそれを、不思議とはじめて見た気がしなかった。
刀を見た途端、カジさんの目の色が変わる。
「カカシも青いな。由楽のチャクラ刀を引っ張り出すなんざ」
「……え?」
いきなりとびだしてきた懐かしい名前に、思わず息をのんだ。
由楽さんが忍だったことは、チカゲばあさまの弟子になったあの日に知った。医療スペシャリストの弟子だったこと。若くして上忍にまで登りつめ活躍を期待されたのに、直後に忍の世界から退いたこと。
わたしの知らない由楽さん。医療班にとってどれだけ大切な人間だったのかなんて聞くまでもない。
木ノ葉病院に通い始めた当時の幼いわたしは、医療忍者たちから歓迎されることはなかった。あの子のせいで由楽は忍を辞めてそして死んだんだ。そう思われて当然だ。今となっては非難も浴びなくなったけど。
このチャクラ刀で由楽さんは戦っていた。
その手に握りしめてたんだ。
「その刀の主人は死んじまった。刀の役目もとうに終ってる」
「これはシズクが引き継ぐ」
カカシ先生が隣に座るわたしの顔を見る。黙って話に耳を傾けていたヌイさんもわたしを見た。
わたしが、引き継ぐ、?
「この嬢ちゃんがか?」
「ああ。だからこのチャクラ刀を造ったお前に鍛え直して欲しいんだ」
数秒の静けさ、目の前の火のパチパチという音と、自分の心臓の音だけがやたらと大きく感じた。ややおいて、カジさんはニヤリと笑うと、妙案が浮かんだとばかりにわたしに言った。
「刀に見合う実力のねえんじゃ渡せんからなァ。そうだなァ、お嬢ちゃんがヌイに一太刀でも入れられたら鍛え直してやってもいいな」
「ちょ、なんでアタシなわけ」
「やる!やります!」
「はあ?」
「わたし頑張ります!おねがいします!!」
どくん、自分の体が脈うつ。単に由楽さんの刀が欲しい。よく分かんないけど、それだけじゃない。つよい確信みたいなものがもくもくと沸き上がっていた。
不意に、指に挟んだ感応紙が火を噴いた。
「わっ!?」
焚き火から火の粉が飛んだのかと思ったが、紙を燃やすその火は白く輝き、奇妙な明るさを保っていた。紙が再生しない。
「……!」
「おお」
「カカシ先生!」
「ああ」
頷くカカシ先生。その目は油断なく、感応紙に注がれていた。
「火の性質変化もコントロール次第で活きるな」
- 46 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next