▼01 月よりの迎え

遠いむかしに読んでもらったおとぎ話。竹から生まれたお姫さまは、いつしか月へと帰ってしまうのだった。
月の物語は なぜ切ない終わりを迎えるんだろう。

* * *


手を伸ばせば届いてしまいそうなほど巨大な月が、山並みを青白く照らしていた。
その美しさは天変地異の前触れか。目映い夜はもう幾日も続いている。
鳥も獣も寝静まる丑三つ時でありながら、まるで夢の中を歩いているように明るい。ここは現実ではなく、本当に眠りの中かも知れぬ。

細長い山道をただひとり進んでいた白無地の長羽織。頭には笠が、顔を覆うようにすっぽりと影を落としている。
月浦シズクは道の半ばでぴたりと足を止め、振り返らずに一言 呟いた。

「……私に何か御用ですか?」

声は宵闇に溶けたが、彼女の問いは青い木立に隠れた人影にしっかりと届いていた。
それら十余りが月明かりの下へ繰り出し、半円を描くようにシズクを取り囲む。皆が皆、顔面を包帯で覆い、異国の衣で身を包むそれは人の形をしているが人の匂いも気配も纏ってはいなかった。

「空腹ならば食べ物をお渡しします。お困りであれば手を貸しましょう」

ちりん。
笠に提げられた鈴が鳴り、シズクは悠長に振り返った。こんな夜更けにくのいちを付け狙う物乞い等いるはずはない。
無論 相手が気配を殺して近づいてきたのも承知の上で。

「何が欲しいの」

シズクが視線を投げた先には 女性と見紛うほどに端正な顔立ちの青年が佇んでいた。
瞼を縁取る長い睫毛も、神秘的な微笑をたたえる唇も立ち振舞いも およそ賊とは思えぬ風格。
この衆の主であることが伺える。
身分の高さを感じるだけでなく、抜き足もまた一流。
その人物は宵闇に白く浮かび上がった。

「―――その眼を」

声が透き通っていたからだろうか。
その言葉には少しの邪心も欲も見受けられなかった。

眼を?

笠を外すとシズクは地を蹴って跳躍した。包帯の忍衆が、武器も持たずにその後を追う。
先陣を伐る手下たちが手を翳すとたちまち掌に光が宿り、巨大な球を自分たちの倍の数ほど形作る。螺旋丸に似ている。表面の泡の気泡によりシズクの予想は外れたが、螺旋丸と類似する高等忍術と仮定すればその威力は計り知れない。
同じく掌を相手に翳し、シズクは薄紫の輪廻眼を大きく見開いた。

「神羅天征!」

来た道を折り返した泡の玉は、忍衆の足元で破裂し、岩壁を深く剥がす衝撃波へと変わった。
舞う土煙に袖で口元を隠しながらシズクはつぶさに観察する。倒れた忍衆は、ひび割れて塵に還っていっていた。

「傀儡?」

気配を消していたのではなく、最初から無かったのだ。
だが男の傀儡は砂隠れのそれとは違い 術者のチャクラの糸も見あたらない。術者と切り離されて、自在に稼働しているのならば面倒だ。

額を覆う布の紋様は三日月と円を模した形に見えるが、知る限りそんな忍里や一派は思い当たらなかった。先の男は問いかけに“眼を”とだけ答えた。
ならば眼とは、シズクの片方の瞼に収まる輪廻眼のこと。しかしあの男は追って来ていない。本意が見えない。

深追いされないならば此方とてむやみやたらに戦う必要もない。シズクは呼吸を整え、印を組み親指のはらに歯を立てた。

亥 戌 酉 申 未、

「口寄せの術!」

召喚された大型のカメレオンは主人を背にのせる大きく跳び、夜空に紛れるように表皮を擬態させていく。透遁を発動した口寄せ動物の背にまたがり、夜風に髪を靡かせながら、シズクは眼下に脇目をふった。
ざわめきは遠くなっていく。
一切の気配を消したことで、賊たちは標的を見失うこととなった。配下たちが散り散りで辺りの捜索を開始する中、それでも青年だけは一歩として動かずに月の浮かぶ空を シズクを閉じた瞳で捉えていた。あたかも見えているかのように。

―――遠い昔
忍という概念が無かった頃
禁断の実を口にした者がチャクラの力を手に入れ
乱世を治めんとした
だが 次第にその力に溺れていった

この世界に秩序をもたらすものは力か 愛か

その対立は 後世にまで続く
長き争いの幕開けとなった。

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