▼第三話

雨のにおい。しっとりと濡れた葉は深い緑。霧に包まれた森はぼんやりとして、静かだった。葉脈を伝って、ぼつぼつ、大きな透明の粒がシカダイの青いレインコートの肩をたたくように落ちてきた。足元の水溜まりを避けるのはめんどくさくて、長靴で分け入っていく。
雨が弱まってからふたりは森へ来た。いつもはこんな天気に来たりはしない。天気の悪い日は鹿たちも隠れてしまうから。角取りはなしで今日はただの散歩。

シカダイの数歩先を、父が黙って歩いていく。
シカダイも黙ったままついていく。

“教えてやりてェけど、勝手に話したら母ちゃん怒るからな”

シカマルは話さなかった。こういうのをキョウサイカと言うのだ。


ふたりぶんの足音と、時々木の葉から雨粒が垂れるぴちょんという音のなかをえんえんと進んでいく。奈良一族の森は広くて、人避けされている。神秘的な美しさといえばそうだし、どこか獣じみていてもいる。父が普段使わない道を選んでいるのにシカダイは気がついていた。以前、姉と二人で探検したときには入れなかったあたりだ。

“こっから先はダメ!おばけのお墓があるのよ”

シカダイの足が止まる。

「どうした?」

「そっちはおばけの墓があるって母ちゃんが」

「お化けか…成る程な。母ちゃんの話はできねーが…そのお化けの墓ってのを教えてやるよ。シカダイ」

「え、マジで」



人恨み

われと泣かるる

日の多き

里居しぬれば

衰へぬれば




シカマルが足を止めたのは、何てことない場所だった。木々の抜けた一角に、シカダイより背の高い雑草が生い茂っている。花も咲くし、うっすら陽も差している。お墓のくせにブキミな石の像も見当たらない。期待はずれだ。

「何もねェじゃん」

「まァな」

シカダイはありふれた地面をじっと見つめる父の隣に立った。

「ここに父ちゃんの一番怖ェお化け、埋めてあんだ」

「どんな?」

「そうだな。頭悪そうで下品で、ギャーギャーうるせえヤツ。戦って、でもお化けだから…埋めたんだ」

「…?」

それおばけなのかよ、と言おうとしてやめた。父に怖いものなんて、母以外知らない。母に匹敵するくらい怖いものなのかも知れない。

「ここのお化けの番すんのも、父ちゃんと母ちゃんの仕事なんだぜ」

「…母ちゃん、手紙に自分は戦争で死んだって書いてたけど…母ちゃんおばけじゃねーよな?」


教えてくれない父に望みをかけてもう一度、聞いてみる。

「怖ェ存在に違いねーけどな。…母ちゃんのことは母ちゃんに聞け。ちゃんと頼めば教えてくれる」

「またはぐらかすに決まってる」


父は眉間にシワを寄せて、ちょっと笑っていた。首元を飾る、そのまた父の形見のリングピアスをなぞりながら。


こんにちは。

先月はお手紙出せなくてごめんなさい。…ちょっと忙しくて。お返事くれたのにごめんね。

実は前の月から、雨忍の仲間たちと別の活動を始めたの。
私の父やその仲間について調べる――“調査委員会”です。

ここを治めていた当時の父は、木の葉での火影様のような存在ではなく、誰にも素顔を知られない統治者だったそうです。
だから死後も、父の過去は里の民に知られないまま。

でもそれでいいのかなって思ったの。

私は戦争で死んだとき、あなたやみんなに忘れられるのが怖いって思ったよ。
誰かがほんのひとかけでも私を覚えてくれていたら、私の存在は残って、もしかしたら意思が誰かに引き継がれていくんじゃないかって。

私もこの里の人たちも、父がやったこと全部、知る必要がある。
良いことだとか悪いことだとかの視点じゃなく、この隠れ里で確かに起きた歴史として語られるべきだと思う。

どんなに非道なことを過去にしてても、お父さんのこと知りたい。


…そのために、忍たちの協力を得て里中を調べ回っています。

この前は、父が幼い頃住んでたと思われる地区へ探索に行きました。
まだそれらしい手掛かりもなく、多分何回か足を運ぶことになりそう。
諦めずに探そうと思います。

ではまたね。

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