▼ホワイトフィールド

或日、寒空の早朝。
独房の正面玄関で待機を余儀なくされたシカマルとシズクは、つんと冷たい外気に白い息をふきながら、鼻や指先を赤く染めていた。

薬師カブトの護送が今日のふたりの任務である。

ほどなくして現れたカブトには、手枷足枷もなければ縄もない。左右に並び立つと、外目からは要人護衛にさえ見えた。関所の忍からカブトを引き受け、シカマルは彼の右側から、「これから任務地へ護送する」と告げた。
カブトもまた、頷くだけ。左に立つシズクは何もいわない。
濃紺から群青へ刻々と移り行く空に鉢合わせて、雪の積もる道を 三人は無言で歩き始めた。


木ノ葉隠れの抜け忍・多重スパイの薬師カブト。彼のもともとを白と例えるなら、白などは生まれた瞬間から白ではなく、黒を有し、黒を生み、一滴また一滴と灰色から黒へ歩き始めている。
カブトは忍界の不条理を染みと変え、そしてその気になれば、使命のために時として透明なり、影すら消した。

戦後の復旧作業が急ピッチで進むに平行して、五影会談での、薬師カブトの処遇を決める討議は難航した。穢土転生の術を前に多くの忍の命が潰えたのは紛れもない事実だが、サスケやシズクが生き返り、いま世界が保たれているのもまた カブトの助力によるものである。
ここからの世界は、罪を憎んで人を憎まず。有り体に言うところの憎しみや嫌悪を飲み込んで、忍連合が戦犯に下した罰は、カブトが初の家に帰って、もういちど人生を育むことだった。

自ずから護送警備をかって出たというのに、シズクは黙ったまま。まるで知らない女を見ているようで、シカマルには居心地が悪かった。

押し黙って進む間にとうに市街地は過ぎていた。里の喧騒から離れた小高い丘に立つせいか、小雪に降られるためか、舎屋には里とちがう時間が流れているように思われる。
ペイン襲撃時も忍界大戦でも大破せず、我が子の帰郷を待っていた家。三人は正面に並び立った。うすぼんやりと深くひっそりと、まだ眠っている。

「静かだな」

「まだ起床時間には早いからね」

「起床時間?」

「ここは9時に寝て6時に起きる決まりなんだ」

カブトはメガネを押し上げた。

「そういえば、キミも道が違えば幼少をここで過ごしてた可能性があったのか」

カブトは“キミ”とだけ。
名前を呼ばれずとも、問われているとシズクにも判った。その呟きには否定も肯定もせず唇を結んでいる。
カブトの経歴調書を読んだ記憶をなぞりながら、シカマルはシズクがこの院に入っていたらと仮定する。由楽ではなく薬師ノノウが育ての親で、ダンゾウに見初められて、裏の世界に生きて。どこにも存在しないように透明にふるまっていたのかもしれない。
自分とは出会わないシズクを、シカマルは思ったよりもあっさりと思い描けたのだった。


「キミはこれからどうする気なんだい」

「……木ノ葉を離れるつもり」

「雨隠れへ行くのかい?もて余した輪廻眼を国交回復に使うとは、新生木ノ葉もなかなかに合理的な考えをするね」

この男は恐ろしく頭がきれるのだった。誰に聞かずとも里の民の誰より気取る。新たな力を宿したシズクが今まで通りでいられないことを、とっくに見透かしていた。
シカマルがシズクに小さく叱咤する。

「極秘事項だろ。口外すんな」

「言わなくてもこの人は勘づくよ」

「心配しなくても黙っておくさ」

カブトの視線はシカマルを捉えていた。

「長年大蛇丸様のサポート役をしてきたんだ。ボクは口は固いよ。……奈良シカマル君、キミも苦労性だね」

同情の笑み。彼はどこまでもお見通しらしい。
実力ある忍たちが戦争で殉職し、どの里も世代交代の節目を迎えた焦眉の急。任務依頼を忍連合が統括し、各里に均等配分していく算段が漸く整ってまもなく。とある上役会議でシカマルは、連合のシステムが軌道に乗るまでは月浦シズクを任務から遠ざけるべきだと物申した。忍連合任務調整役として、他でもないシカマルが、シズクを里の外へ押し出したのだ。

個人戦力の高いシズクが危険度の高い任を与えられるのは必須。しかし武力や暗殺での解決に疑問を抱くシズクの任務遂行率は、右肩下がりに急降下中。例えば仮にシズクがSランクの暗殺に失敗したとして、回数が続けば他里からの木ノ葉の信用は傾きかねない。
輪廻眼を継承したから、というのは理由ではない。新生木ノ葉には、シズクの理想を支えるだけの準備ができていない。シズクがシズクだからこそもて余していた。

薬師カブトと月浦シズク。
似た者同士のふたりでも、片方は家に帰り、片方は家を出ていく。否。両方ともが自分の向かうべきと考える場所に行くのやもしれない。
開いた正面玄関から施設員が手を振るのを見つめながら、去り際にカブトは語った。

「探し物がこの孤児院で見つかるともっと早く気づいていたら、道を逸れ、染まったから気づいたのかもしれないが ともかく、キミも帰れるよう祈るよ」

どこへどう帰るか、言葉の行間に隠された真意は本人の知るところ。

「新天地での――いいえ 生家での活躍を期待します。カブト……さん」


カブトの姿が扉の内側に消えると、シズクは真白の雪をかぶった園庭をゆっくりと回った。

「ここで遊んでたかもしれなかったんだ、私」

瞑想するかのように目をつむり、天を仰いで粉雪を受けて。シカマルはあとをついていく。

「想像できる?」

「まあな。お前、こっちでもめんどくせえ問題起こしてそーだけどな」

大人は本音と建前を器用にすりかえて、素振りなんて微塵にも見せずに冗談を言う。

「でも ここにはシカマルがいない」

まるで駄々をこねるような返しだった。
シカマル 雪が、と言って、シズクはシカマルの頭に手を伸ばした。

「シカマルが影法師みたいにずっとそばにいてくれたから 私はあの人と違ったのかもね」

墨色した髪に綿のような雪がおりて、黒に一点の白が混じった。黒もまた、生まれた瞬間から本当の黒ではなく、別のものに近づいている。
シズクがちょっと笑って粒をはらうのを、息をのんで見つめた。彼女はいくつになっても幼いころと変わらない笑顔をつくる。変わったと実感するから目が離せない。
そうこうしてるうちにシズクの髪にも白が舞い散る。
雪は水の粒ととけ、日の光が放たれた。真白といっても、影があるから存在を証明できるのだ。ちょうど冬の園庭に、ふたりぶんの影が落ちているから眩しさを示せるように。粒のきらめきのうちに光も影もあるように。

ひのかげに、そのまた影は必要だ。

「影法師、やっぱ逆だったのかも」

「逆ってなんだよ」

「逆は逆だよ」

いずれ透明になる気分で、やわらかに空気の中を歩く。別れの日は近づいている。
この雪が溶けたら、新しい世界も新しい日々も別の色して目の前に広がるだろう。

- 326 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -