▼第二話

父の書斎にあった、この手紙。筆跡は母のもの。文面には宛名も送り主の名も見当たらなかったけれど、母から父に送ったもので間違いないだろう。

「母ちゃんの書いた手紙か…」

シカダイは母親が苦手だ。
元気が良くて、とても口うるさくて、 怒ると怖くて。ころころと気分がよく変わる。肝心のことはいつも言わない。朝は早いし、夜は夜で帰りが遅い。

母は父の幼なじみで、ボルトとシカダイが同い年なように、七代目の火影と同期。そして今もなお現役の医療忍者。シカダイはそれだけを知ってる。
母親がどういう幼少を過ごしたのか、どんな忍だったのか、どうしてオッドアイなのか、知らないことばかり。聞くと、母は決まってこう言う。

“また今度ね”

まだアカデミーに入ってもいないから、はぐらかされてるのだろうか。母も母で話したくないのかもしれない。どちらにせよ、手紙の内容が理解できないのは、補足する材料がシカダイの記憶に無いせいだ。
この何十という手紙を盗み見すれば、過去に近づける。それだけは確かだった。
一通目から一番近い日付は、約1ヶ月後のもの。



お手紙ありがとう。

びっくりしちゃった。
まさか返事をくれるって思ってなかったの。
読み返しちゃうくらい嬉しかったよ。

おばさまやみんなが変わらず元気そうで良かった。
新体制の里も順調で何よりです。

そうだ!お祝いを言わないとね――上忍昇格ホントにおめでとう!
もうすっかり里の主力だね。これからもっと忙しくなるし、危険な任務も増えるだろうけど、気をつけてください。

任務で夜が遅いので、今、この手紙は蝋燭のあかりの下で書いています。雨が窓をたたく音を聞きながらね。(里の人たちに近い場所で暮らしたくて下層部の部屋を借りたら、雨どいが壊れてたの。)
こちらは、もう2日も雨続きです。季節柄、ときどき雨に雪が混じるようになりました。

肌寒いけど、この里は雨上がりの虹がとってもきれいです。川にかかる虹は、水面に映って真ん丸になるんだよ!見せてあげたいな。
最初は警戒されてたけど、最近では通常の任務や、医療病院の仕事も任せてもらえるようになりました。こうやって少しずつ打ち解けていけたらいいんだけど。

…そろそろ寝なくちゃ。
ではまた。

よかったらお返事、ください。



母は木の葉隠れじゃない里に任務へ赴いているらしかった。もっと詳しく。
目で追っては次の手紙に手を伸ばす。



久しぶり。
忙しい合間に手紙を書いてくれてありがとう。

ようやく良いおしらせができます…最近ね、同い年のくの一の友達ができたの!
優しくて、お喋りも好きな女の子たちです。
私の考えも理解してくれて。困ったときは手を貸してくれるの。
味方になってくれる人がいるのって、すごく安心するね。

時間のあるときに傘をさして歩きながら、道案内してもらって、町並みやお店もほとんど覚えました。この前の休日は、その子オススメの甘味処へ行きました。同封した落雁は、そのお店で買ったものです。

覚えてる?おやつの時間にさ、おばさまはお茶と一緒によく落雁を出してくれたよね。
ちっちゃい頃はあんまり好きじゃなかったけど、これは甘すぎなくて美味しいよ。
無事届いたかな?ちょっと多めに送っちゃったから、待機所のみんなにも分けてね。

任務に忙殺されてることと思いますが、たまにはおばさまとお茶しながら、体を休めてください。


追伸
あなたの親友宛てに、こちらの名産 岩魚の燻製を送ろうとしたんだけど、伝達鳥に狙われてダメでした。お菓子で勘弁してねって伝えてください。



ちょっとがっかりして、シカダイはその手紙を折り畳んだ。

「なーんだ。とりとめのねェことばっかじゃん」

長期の任務の内容も書いていないし、やれお土産のお菓子だ何だと。古い順に三通ほど読んで、シカダイは少し飽きてきていた。
その翌月の日付は見当たらなくて、翌々月の手紙を開く。

欠伸をひとつ。頬杖をついて便箋をひらく。

しかし今度は半ばまで読むと、シカダイの欠伸は自然とひっこみ、頬を支えていた手はするりと落ちた。

読み終えると、小降りだった雨はいつの間にか本降りになっていて、どうどうと地鳴りのように雨垂れが屋根を強く叩く音が書斎に響き渡っていた。


*

がらがらがら。

外は大雨。しかし彼は足元も、玄関を跨ぐ履き物も雨の粒を染みさせていない。
隠れ里では、腕の達つ忍であればあるほど雨を纏わない。
鍵のかかっていない自宅の戸を気にかかったが、脱ぎっぱなしのサンダルを見て納得した。
上着を翻しながら真っ直ぐに縁側に向かう。――やっぱり。物干し竿にかかった四人ぶんの洗濯物はひっそりと雨に打たれている。
休憩時間に火影邸からわざわざ帰宅した甲斐があった。
もう手遅れだけれど、急いで庭先へ。

瞬身で洗濯物をとるのはかえって面倒だから、今度は雨に濡れつつ洗濯物を腕に抱える。そのうちに、縁側の向こうから歩幅の小さな足音が聞こえ出した。

「…シカダイ、やっぱ帰ってたのか」

眉間に僅かにシワを寄せながら奈良シカマルは息子の方を振り返った。返事をしない息子に対して特に怒りはない。めんどくさがりは他でもなく自分に似たのだから。

「今日はいのしかちょうの修業の日だろ。またサボったのか?」

「まあ、うん」

「ウチにいるんなら洗濯物くらいしまえ」

シカマルが見やれば、シカダイは眉間に深くシワをつくり、何やら複雑そうな表情をしていた。
めんどくせーと口答えするいつもとは様子が違っている。しかし父にこれくらい指摘されて落ち込んだりヘコむほど気の弱い性格じゃないはずだ。

何かあったらしい。

「どうかしたか?」

「…父ちゃん」

ややあって、シカダイは重い口を開いた。

「母ちゃんて、死んでんの」

シカダイの両手には古びた缶の箱が抱えられていた。



君がため

惜しからざりし

命さへ

長くもがなと

思ひけるかな

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