▼第一話


おほかたに 

さみだるるとや

思ふらむ 

君恋ひわたる 

今日のながめを 



*

小雨が好きだ。強い雨は気だるくて、気持ちまで重い。さあっと撫でるように降る細かな雨は、町を少し静かにするからいい。
今日は雨の日だから、が今日の理由。
扉を開けると、古本の匂いが鼻をかすめた。

父の不在をいいことに、奈良シカダイは無人の書斎へ勝手に侵入していた。
なんでもいいんだ修行のサボりの言い訳なんて。罰当たったってめんどくせーものはめんどくせー、と。
書斎にはところ狭しと敷き詰められた書籍と巻物。机には書きかけの書類がそのまま置かれている。

窓から差し込む淡い光のなかで、本棚の一番上に目を通す。父は難しい本を読む。膨大な資料を貯えてるのか、シカダイにはよくわからない。読書はきらいじゃないが、こまかい活字を目で追うのは“めんどくせー”。眠くなるし。
漢字ばかり並ぶ列に、探し物を見つけた。詰め将棋ハンドブック。ミライから最近教わりはじめた将棋は、ゲームとはまた違って、なかなか面白いものだった。作戦ひとつで兵たちは強くなったり弱くなったりする。指せば指すほど終わりがなくなるのだ。

シカダイの身長では背伸びしても届かず、隅にあった腰掛けを戸棚に寄せた。しかしそれでもギリギリで、文庫本を引っ張り出した拍子に本棚の上に載っていた箱に手がぶつかった。

「あ、ヤベ」

もう遅い。桐の箱は軽い音を立てて床へと落下してしまった。わずかな埃が舞うあたりには、箱に入っていたらしい紙片が散らばっていた。
中身が割れ物ではなかっただけセーフ。ただし父や母にバレたらアウト。幸い、今家にはシカダイの他に誰もいない。両親は任務で、姉のカジカは外遊びに出掛けた。元通り片せば何の問題もないだろう。シカダイは椅子から降りて桐箱の中身の回収にかかった。

手に取ったそれは色褪せた封筒だった。

宛名はなく、日付だけ裏に書かれた封筒がざっと目算で20以上ある。封筒から抜け落ちた便箋もあった。

シカダイは姉のように好奇心旺盛じゃないし、どちらかというと無関心なほうだ。余計な詮索はめんどくさい。それでも、むきだしの便箋に綴られたちいさくて丸い字がよく知る筆跡だと判別してしまったとき、ついつい文字を追ってしまった。



びっくりした?


ブルーのインクで、書き出しはそんなふうに始まっている。
三つ折りの便箋を広げて、シカダイは続きに目を通した。



びっくりした?

突然の手紙でごめんね。

火影様宛ての定期報告書を送るときに、親族への手紙を同封しても構わないと里長様が言ってくださったの。
だからご厚意に甘えて書いてみました。
まだ正式な親族じゃないけど、いいよね。
“婚約者”だし。

思えば、こんな風に手紙を出すのははじめてで、緊張してます。


元気にしてる?
両方の里で検閲されているし、万が一ということもあるから詳しいことは書けません。でも、私はとても元気です。
この1ヶ月はすごく長く感じたよ。食べるものや生活のスタイルもちがくて、特に最初の週は馴染むまで大変だったの。

それに…恥ずかしながら、まだあんまりこちらの忍たちと打ち解けていなくて。ちょっと寂しくて、さすがのわたしでもホームシックになりました。
…あ、みんなには秘密にしてね!

念願叶ってこの里に来れたのだから、ちゃんと役目を果たせるように、一生懸命頑張ります。

そちらは寒い日が続くでしょうが、風邪には気をつけてね。

では、お元気で。


みじかい文面を二回追うと、シカダイの目は最後の行に記された日付をとらえた。頭が勝手に今から何年前かを逆算する。

「18、17…17か」

17歳のころの母が書いたと思われる手紙を、シカダイはもう一度読み直した。

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