▼極秘任務は湯の花で

(深夜のバカンスのゆるっと続き)



あらかじめ断っておけば、私は確信犯ではありません。幼馴染み相手に軽はずみな冗談をいうと、結構痛い目に合うことくらい、熟知しています。
ただし、今回はあくまでも想定外。
仮に私が確信犯であったならば、シカマルがつまさきをコンパスのようにくるりと120度回して、家路から遠ざかってしまったことにも、きっと動揺したりしないし。
今、足を踏み入れた露天風呂付き個室に、赤面硬直したりしないでしょう。
本当に温泉街の門を潜ってしまったのだから、シカマルの本気を侮っては いけません。


「う、うわあああ……し、シカマルシカマル、こんないいお部屋一体おいくら万円したの」

「一族の取引先だから顔がきくんだよ。そんでもそこそこ値ははるけどよ」

でもチョウジの焼き肉代よか安いモンだ。
頷くシカマルに、秋道一族はよく破綻しないねと すっとんきょうな相槌をしてしまう。
どうやらこの閑静な古旅館は、漢方の湯で人気らしい。奈良一族は鹿の角を旅館におろしてるってわけだ。“親父に代わって点検に来ました”とシカマルが職権濫用して帳面にサインしたことについてはもう目を瞑ろう。
チェックインを済ませてしまったし。

「飲み会のせいで先輩たちの酒とタバコ移っちまったし、さっそく入ろうぜ」

隅々まで手入れの行き届いた客室、ぴしっとした畳の間。シカマルは飲み会で染み付いた煙の匂いに顔をしかめて、中忍ベストを無造作に落とす。

「露天風呂だってよ」

「え!!えと……シカマルお先にどうぞ」

「何ねぼけたこといってんだよ」

ニヤリ、細められた目が怪しく物語る。

「一緒に入んだろが」


思えば家が隣近所の私たち。小さい頃は一緒にお風呂に入った仲、と思われがちでも、実のところそんなことは全くなかった。
幼いシカマルが、それを断固として拒んでいた。自我の芽生えの早かった彼にに対し、私ときたら、なぜシカマルがお風呂を共にするのがイヤなのかも、その頃は理解できてなかったっけ。
それが十余年を経てこうなっちゃう。成長とは恐ろしい。

「こっち向けよ」

「だって、だってさ」

お互い裸なのに、まともにそっちを見れるわけないじゃない。
シカマルってば、首も二の腕も男の子のわりには細いし、肌も白い。そのくせ痩せてる。それでも腹筋はちゃっかり割れてるなんて、反則じゃないですか。
いちばん心臓に悪いのはその、おろされた黒髪。色気があるなんてレッドカード。どこを盗み見てるんだ私は……
四角い湯槽の端にぴったり収まって、だんまりを決め込む。せっかくの露天風呂なのに、恥ずかしくて、そればっかりで。みるみるうちに自分の頬が上気していくのを逆上せたせいにした。
やおら、お湯をかきわけて、シカマルがこちらに近づいてくる。

「こ、こっち来んのダメ!ダメ〜!!」

「何もしねーよ バカ」

その割には悪い笑顔なんですけど。角にいる私はあっという間にシカマルに追い詰められてしまった。

「こっちのが空よく見えるな」

秋の空、星は遠くまできらりと瞬いていて。
ほんのり赤く葉が色づいた木々へ、湯気がたちのぼっていく。
その宵の空を仰ぐシカマルを、さらに盗み仰ぐ私。
目とはなの先、瞬きの度に上下するまつげですら、湯けむりのなかで、よく見える。
首筋にはりついてる濡れた髪、それにさえ どぎまぎしてしまう。ああ、いつものシカマルじゃないみたいだ。

「なんだよ?」

視線に気づいたのか、シカマルが、口の端をもちあげて笑う。余裕しゃくしゃくの彼にも、困る。目をふせて、だんだんと顔が寄せられて。もう背後には詰める隙もない。

触れた唇から、お湯のしょっぱさが伝わってきた。

「んぅ、……」

頭の奥、芯までくらくらする。何度も何度も、のぼせるまで口づけを交わした。キスのあと、ぐらついた私の肩を支えるシカマルの手は、びっくりするほど熱かった。
今日はもう、熱に身を委ねてもいいでしょうか。

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