▼正夢

わたしの最近のお気に入りはね、木の葉舞う風に乗っかってひとっとびすること。
目標は見つけた。ぐんと高度を下げればあっというまに近づける。でもあの明るい金髪は、まだわたしに気づいてないみたい。
おじいちゃんの顔岩のとんがりに着地して、なるだけ大きい声。呼んでみる。

「ボールトっ!!!」

「わァっ!!」

大声で呼んでみると、ロープを命綱に ゴシゴシ掃除してたボルトが驚いて、手が滑る。スポンジは里の街並みに吸い込まれていった。
ボルトが慌てて体勢を保ち見上げればそこには、頭のてっぺんでポニーテールにした黒髪が。
ボルトは口をへの字にして指さした。

「びっくりさせんなってばさ!モミジのねーちゃん!スポンジ落ちちまったよ」

モミジは悪びれる様子もなく、六代目火影の顔岩に腰掛けてけたけたと笑っていた。歳はちがうけれどモミジとボルトは戦友だ。勿論イタズラの。
七代目火影の顔岩に書かれた“クソオヤジ”の文字に、モミジはまた笑う。

「こりゃ一段とハデにやったねェ。怒られなかった?」

「へへ!父ちゃんのおせっきょーなんて屁でもねェ」

「またはじまった。ボルトのそれ」

「モミジねーちゃんはキライじゃないのかよ。シカダイが言ってたぞ!シカダイの父ちゃんも火影に付きっきりだからしょっちゅー家にいないんだろ」

時代はかわり、忍も変わる。
忍は人を守るための刃だ。ボルトの父は忍の世界の英雄だけど、年頃のボルトは英雄が欲しいのではなかった。すきなときに甘えられて答えてくれる、お父さんがいてほしいのだ。
親が忙しくて不満はないのか。ボルトはモミジに聞いてみる。

「まあね」

モミジは頷きはしたが、やはり笑っていた。

「確かに忙しいのはさみしいけどね。でも父ちゃん、家にいないときはこの里を守ってるし、母さんも里を離れてるときは、立派な忍者やってるんだって」

モミジはニッとさらに笑って七代目火影の顔岩に飛びうつった。

「ボルト、めんどくさいけどお掃除手伝ったげる」

「マジ?」

「まあ後輩にはやさしくしないとね」

満面の笑みでモミジがポケットから取り出したのは、木の葉マークが刻み込まれたぴかぴかの、真新しい額あて。今日は上級生のアカデミー卒業試験があったのだ。

「あ!ソレ!」

「合格したの!明日っからやっと下忍だよ」

金属板がまだ重たくて、大きい。けど大丈夫、額に木の葉マークが似合うようになるまで何度でも結ぶんだ。
すくっとその場に立つと結んだモミジの黒髪が風に揺れる。髪とピアスは父親譲り、笑顔と才能は母親ゆずりだ。アカデミーではできなかった、はじめての自分試しが、モミジには何よりも嬉しいのだった。
手を空へ、手のひらはもっと高く。とたんに指先に生まれるチャクラ、きらきら白く輝くいくつもの小さなかけら。

「掃除なら人数は多いほうがいいから、シカダイもサラダちゃんもみんな呼んじゃおう。忍法…えっと…名付けて、流れ星の術っ!!!」

ひとりじゃできないから一緒にやろう。みんなを連れてきてよ。伸ばした両手からひゅんひゅん、掛け声にあわせていっせいに飛んでいく光はまるで、

「すっげェ!星みたいだってばさ!」

「いっけぇーーー!」

これからはじまるのは新しい術。
モミジの夢は両親よりも強くてやさしい忍になること。


火影邸・五影会談執務室では、白熱した議論の中、窓の外をちらりと見たシカマルが火影岩のてっぺんから光り続ける星を見た。

そして遥か遠くの空でも。


「シズク隊長、退避完了しましたっ!」

部下の言葉に、シズクは救護の手を止めずに相槌を打つ。倒れた負傷者の顔は、医療忍術によってみるみるうちに生気を取り戻してゆく。

「他のケガ人置いてってない?大丈夫?」

「みな処置を終え搬送中です!」

「ごくろうさま。それじゃ、帰りますか」

負傷者を抱えて立ち上がると、シズクは長い髪を靡かせて颯爽と現場をあとにする。心なしかいつもよりも駆ける速度が早いようだ。

「お急ぎですか?隊長」

「そうなの。今日は」

何十年も使われ続けてきたシズクの額あてに一筋、明るい何かがすうと光ったような気がした。

「娘が忍になるお祝いをするの」

飛び立つプラチナ、
目をつむっても消えないその光は正夢。

(完)

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