▼終わりは始まりの風
見返り柳という、それはそれは大きなしだれ柳が、木ノ葉の境にある。橋の向こう側まで去った人が振り返らずにはいられない、その美しさから名付けられた。
その根本にある赤い橋は、西を川の国雨隠れ、東を火の国木ノ葉隠れと分けている。
ここは私が由楽さんに拾われた橋。
これからはじまる、新しい世界を繋ぐ橋。
私は今日、この町を出て旅立ちます。
「正門から出発しないと任務って感じがしないね」
みんなに出発を告げるのは気恥ずかしいし、モエギに及んではくっついてくるかもしれない。湿っぽいのはいやだった。とはいえ一人で発つのもさみしく、シカマルとカカシ先生に見送りをお願いした。
満点の星空。夜の寒さからは冬を感じた。
「到着したら一報寄越してちょうだいよ」
いつになったら カカシ先生は火影の名が刻まれた羽織を自信持って纏うようになるんだろう。忍者ベストのほうが仕事がはかどる、なんていっちゃって、先生ってば照れ屋なんだから。結局見納められなかったけど、まあ、はっきり言ってカカシ先生に“火”の文字入り赤笠の正装は似合わなそう…あ、これは内緒。
「先生の評判がこっちまで届くの、楽しみにしてるね」
「ま オレのこともシカマルのこともフッて行くんだから、くれぐれもあっちに迷惑のないよーにね」
「はい!」
「オレはフられたわけじゃねぇんスけど、カカシ先生」
私の役目はサクラや皆にあとを託してきて、里に残した心配事はもう何もない。強いて言うとすればこの無言で睨み合う二人の仲かな。
競り合いされても、簡単に帰ってこれないよ。
勝手に決めてごめんなさい。
でも今日って決めたから。
今回の任務ほど長い期間 木ノ葉の里を離れたことがないから、こういうときなんて言えばいいかわからない。
それはシカマルも同じなようで、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、口をへの字に曲げていた。
そろそろお別れの時間だ。
「シカマル……それじゃあ、」
「水臭ぇじゃねーの!オイ!」
「!」
別れの挨拶を告げようとした瞬間、二人の背後からよく響きとおるキバの声がしたと思うと、赤丸の背に乗ったキバが勢いよくシカマルの隣に跳んできた。
「キバ!」
「オレだけじゃねーぜ!」
クイ。親指が向けられた道の向こうから歩いてくる数々の影、目にあついものがこみ上げてくる。
湿っぽいのはいやだったのに。
「シズクお前、里に帰って来た時のためにちっとは未来の7代目にゴマすっとけよ!」
「キバ、その表現には誤りがある。何故なら媚を売られて靡く不届きな火影は火影とは言い難」
「相変わらずめんどくせーなシノ!」
もう、キバもシノもこんなときまでいちいち笑わせないでよ。泣かないですむから助かるけどさ。
「第一印象が大切だと本に書いてありました。前々から思ってましたが、その寝癖は直したほうがいいかもしれません」
サイまで来てくれたことに感動しつつ、常の空気を読まない助言に苦笑い。
「ご忠告ありがとう。サイ」
「シズクさん!!青春フルパワーです!!持ちうる力全てで相手にぶつかり」
「リーもしつこい!ツッコミばっかで私なんかお別れも言えないじゃないの!……あ、そうだ。一時帰還する日教えてよね。また女子会しよ!」
「はいっ」
リーさんに痛快なツッコミを入れながらも、テンテンさんは大きな目をウインクさせて笑った。
皆の輪の後ろにいたヒナタは、そっと私の目の前にやってきた。戸惑いがちに、なんとヒナタの方から手が差し出された。彼女の顔には穏やかでやさしい笑顔が咲いている。
「シズクちゃん 元気でね……!」
「頑張ってくるね、…ネジの分まで。ヒナタも元気で!」
綺麗な手を取り、そっと握手した。ありがとう。私はたくさん勇気をもらったよ。ヒナタ、あなたの強さから。
「雨隠れの名産品、たくさん送ってよね」
「わかった。沢山おくる」
チョウジ君の優しさ。
「イケメンいたらすぐに教えなさいよねーっ!」
「それは約束しかねるかも」
いのの想いやり。
「アンタ、やっと私の前で泣いたわね」
サクラの笑顔。
腕を組んで仁王立ちしている親友の姿が見えるけど、ぼやけてうまく見えないや。顔が近づくまで、サクラが笑っていると気付かなかった。
「サクラに色々任せちゃって……ごめん…っ」
鼻を啜って泣き出した私にサクラは泣き笑いしながら腕を回し、ぎゅっと抱き合った。
「ったく、しゃーんなろよ!ちょくちょく帰って来ないと、シカマル、テマリさんにとられるわよっ!」
いつまでも賑やかにバカ騒ぎしていたい。名残惜しい。みんなと離れたくはなかった。
でももう行かなくちゃ。
皆元気でね。
私の前には、細く長い赤い橋。宵闇でなお鮮やかな赤。この先には、みんなのように気の知れた旧友も、温かく見守ってくれる恩師もいない。それでも進むと決めた。間違いと失敗ばかり繰り返して、もう一度生きることを選んだ。今度こそ私は自分ができることを叶えたい。
最後に、まだ伝えてなかった人の前に立つ。
「それじゃ……シカマル…」
泣き方なんて誰にも教わってないのに、どうして私、こんなに泣き虫なんだろうなぁ。ぬぐってもぬぐっても、目から涙が溢れてとまらない。ボロボロに泣いてひゃっくりをあげて。一人前の忍として、大人として、ほんとは気丈に笑って行きたかった。これじゃいちばん大切な人にお別れの言葉も言えやしないよ。何もしゃべれないのが悔しくて、情けなくて。
すると、シカマルはゆっくりと私の後頭部に手を伸ばし、頭を引き寄せた。
「笑っとけ」
そして私にだけ聞こえる声で、
「待ってる」
そう囁いた。
「うん」
あなたの言葉は呪文。
私の胸に雨のように染み渡る。
つう と最後の雫が頬を伝うと、涙はいつの間にかやんでいた。
「いってきます!!!」
この器からゆったりと溢れてこぼれるこの雫は、あなたたちが絶え間無く注いでくれた愛のしるし。そばにいて涙をくれる人を見つけた、それが嬉しい。
大好きな人たちに囲まれて、守られて、愛されてきた、このかげがえのない里を出て行きます。
行く手を埋める山緑は闇のように暗く深い。
でも、指にはプラチナ。
あなたが私の光。
もう周りを見廻して探さなくてもいい。私の手の中にはみんながいる。
眺めるこの夜空には、ほら。あなたにも見えるかな。ひかる1つの線が。
風。
風がふいて、立ち止まる。
これは始まりの風。
振り返らないで私は行く。
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