▼ハルモニア

想い出は遠くの日々。現実より鮮明に残ってるから、今でも思い出すと胸がちょっと切なくなるのよ。

「サスケ君 どうしても行っちゃうの?」

果てしなく青く澄んだ空、さんさん降り注ぐ太陽は彫られたばかりの六つ目の顔岩を明るく照らしていて、街角ではだれかが急いでる。ありふれた日常。
旅立ちにふさわしい快晴。
でも私には、今日が来るのが、ずっと憂鬱だった。

アナタは里を離れる。確かに投獄されるよりはいいのかも知れないし、サスケ君自身がそう決断したことなら 喜ぶべきなんだけど。

「柱間様の細胞で造った義手も、もう少しでできるって師匠が……」

「今のオレならこの忍界が この世界がどう見えるのか知りたいんだ」

四年前、サスケ君をここから見送った夜を、私はまだ覚えてる。あれから涙が枯れるほど泣いて、どれほどの痛みを繰り返えせばもう一度アナタに会えるのか、ずっと待っていた。

「今まで見逃してきた事も 見えそうな気がする。このままでなければ見えない何かが。それに、少し気になってる事もあるしな」

目的を達成するなら自分の命なんてくれてやると言っていた程だった、あのサスケ君が変わってくれたのは嬉しい。自分を粗末にしなくなってくれて。
でも、アナタをまたここから見送るのはイヤ。私、もう足手まといじゃない。アナタたちと一緒に歩ける。
雨のとき、アナタに傘をさしてくれる人はいるの?


「わ…私も…ついて…行くって言ったら…?」

私の気持ちなんかお構いなしに、サスケ君は首を横に振った。やっぱりそう 手厳しいのよね。

「罪を償う旅でもある。お前はオレの罪とは関係ない」

「かんけーない…かぁ」

四年前と同じ言葉。私たちの間には、心には、あの頃から大きすぎる時間と、距離が広がってる。簡単に縮められないと一番よく知っていて、それでもこんなふうにアナタとは終わりたくないのに。
やっぱ黙ってでもついていっちゃおうかな。そんな風に考えたとき ふと、目の前のサスケ君の外套が衣擦れる音がした。

トン。
アナタの体温がはじめて 私の額に触れた。

「また今度な」



ありがとう、私にだけ囁かれた言葉と真新しい言葉。
サスケ君が笑ってる。
ずっと見たかった、私の大好きな表情で。
知らない間にアナタの心には闇が生まれていた。けれどその闇を照らす光も生まれるって、信じたい。

サスケ君。もしも寂しくなって、また孤独の海に溺れそうなら 目を閉じて今みたいに笑って。これからはアナタはいつまでも笑顔でいて。出来たらでいいから、私が待ってることも忘れないでね。
私にいってくれたその感謝の言葉を、いつか他の誰かにも言えるようになれるといいね。

ねぇ聞こえますか?
私はアナタを好きになって良かった。




「あーあ……行っちゃった」

サスケ君の姿が見えなくなるまで見送った後はやっぱり寂しくて、息を吐いて呟いた。
カカシ先生の隣に立っていたシズクに、ちょっと笑われる。

「サスケもさ、サクラが待っててくれるから安心して行けるんだよ。ほら、帰る場所がないと旅には出れないって言うでしょ?」

「調子いいこと言っちゃって。シズクだって直に行っちゃうんでしょ」

「えっ、なんでそのことを」

シズクは目を丸くして、「先生、バラしたでしょ!」とすぐにカカシ先生を咎め始めた。バカね、もうみんな知ってんのよ。

「ホントみんな勝手よね。サスケ君もアンタもさ」

「……ごめん」

サスケ君が答えを探す旅に出て、シズクもまた、繋ぐたびに里の外へ飛び出していく。ナルトはどうするかな。アイツは、アイツはもう、夢を追って走り出してるんだった。いってきますも言わずにね。カカシ先生の次の火影になるって夢に向かって。

「仕方ないわね。私はしばらくは木ノ葉の里にいてあげようかな。サスケ君のこともアンタのことも待ってないといけないし。ね!」

離れてても同じ木ノ葉の下で、見えない糸で結ばれてるのが私には見える。みんなにも見えるでしょ?


*

長い長い階段を登りきるころには既に、木ノ葉隠れの里は真っ赤に染められていた。
頂上で胡座をかいている先客。手には酒瓶が握られている。月見酒には若干早い時間だが、日が暮れるのを見送りながら酒が進んでいたらしい。振り向いた五代目火影の顔が赤いのは夕焼けのせいではないようだった。

「意外だな。お前に夕日を見送るなんて酔狂なシュミがあったとは」

綱手が手招きしてシズクを呼ぶ。しかしはシズクその場に佇んだまま、静かに頭を下げた。

「お別れの挨拶に参りました。綱手様」

真新しい中忍ベスト、額あてが反射で眩しく光る。腕には長期任務用に支給される外套が。

「雨隠れの里への出発はまだ先と カカシから聞いたが」

「このまま今夜発ちます」

「……相変わらず生き急ぎだな」

綱手は酒瓶を傾けて、眼下の風景を望んだ。太陽は去り際にひときわ輝き、建物の窓を屋根を 歩く人影までひとつに包んでいる。
同じように里を見つめるシズクの目には、どう映ってるのかと、綱手は弟子を見据えた。

「綱手様、私はあの時……生き返って今と同じように場を見渡したあの時……輪廻転生の術を使うか迷いました」

外道・輪廻転生の術。
それは術者の命と引き換えに叶えられる禁術だ。

「発動すれば、あの場で息を引き取ったおじさまやネジたちが帰ってくる。でも私はそれを躊躇いました。……もう一度自分が生きること欲深くを望んでしまった」

逃げるように早く彼女がこの里を去るのは、自分だけが生き返り、術がありながらも他の誰をも助けなかったことに対する罪滅ぼしなのだろう。

「そういや、会ってはじめの頃からお前はバカ正直だったねぇ。何かにつけて誰かのため里のためと言いながら向こう見ずだった」

「今でもそうかもしれせんね」

「まあ それも悪くはないさ。だがな、時々私の目には、お前が縛られ過ぎて身動きが取れないようにも見えた」

「……」

「やっと出ていけるようになったんだな」

愛する者を失った悲しみ。愛する者を守れなかった罪の意識からこの里を離れた経験を持つ綱手にとって、シズクの決断は逃げでも間違いでもなく、すべて必要なものだと感じられた。
果てしない旅路の果てに見つかる答えもある。旅立つ弟子に向かって、ながったらしい餞別などいらない。綱手は一言だけ、

「お前はお前を大切にしろ」

お前の人生を生きろ。
そう、ぶっきらぼうに告げた。
師匠らしい言葉に、シズクは深く頭を下げたのだった。

「師匠、今までお世話になりました……!」

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