▼比翼連理

「ねぇ、もし木ノ葉が以前のような暮らしを取り戻したら、雨隠れの里へ行ってもいい?…私、彼やあなたたちの育った場所を見てみたい。もし叶うなら、力になりたい」


「待っている」


果たせたものも果たせなかったものもあるけれど、今まで数限りなく誰かと約束を交わしてきた。
それらのうち、シズクの中で保留してきた小南との約束が幾度も彼女の頭を過る。後ろからトントン、と肩を叩かれるように。

「五大国の隠れ里は本当の意味でひとつになった。でも、近隣の小国と私たちとの隔たりは深いまま………特に…雨隠れとの仲は」

長門の死後に暁を抜け、里を治めていた小南がうちはオビトに殺されたことが発覚したのは、大戦の最中。
まもなく訪れる自分の死を察していたのだろうか、小南は生前に後継者を指名していた。
その後継者が現里長を引き継いだが、里の体制は傾き気味。忍界大戦の戦場から雨隠れが遠く離れていたとはいえ、大国の立て直しに煽られるように皺寄せが波及している。

「これから私ができることってなんだろうって、ずっと考えてた」

シズクの小さな拳が歯痒そうにぎゅっと握り締められる。

「おばあちゃんは木ノ葉の創成に関わったけど、私の両親は雨隠れの民だった。私もあの里で生まれた。雨隠れは私の第二の故郷なんだと思う」

そしてまだ何も知らない故郷。

「お父さんやお母さんが育った風景を見てみたい。できることなら守りたい。私、架け橋になりたい」

見つめ合うとシズクのまなざしは射抜かれるように強く、彼女の決意の重さを映し出していた。

シカマルは思案を募らせる。
雨隠れの長門が木ノ葉隠れを潰し、木ノ葉隠れのために長門が最後に命を懸けた。その事実もあり、現在両国は互いに一歩ずつ引いての外交、所謂“痛み分け”だ。
必ずしも良好とは言えない現状に、片や輪廻眼を持ち長門の実子であるシズクが割って入る、そのリスクは計り知れない。

「六代目はなんて言ってた?」

「上役会議にかけてはみるけど難しいだろうって……」

「だろうな」

シカマルは眉間の皺を深め、腕を組む。
木ノ葉の里に取っても若き実力者が里を長期で離れるのは手堅いものがある。里随一の手練れ、カカシが火影に就任し、ナルトは印を結ぶ腕を失った。サスケに至っては処遇の決定が下りていない。
新しい世代が里の基礎に土着するまでいますこしかかるだろう。

「医療班はどうすんだ」

「サクラに任せる」

「お前が関わってた仕事、他にもあんだろ」

「それも後任を探す」

「オレのことは」

「……」

黙りを決め込むってのは卑怯だと、シカマルは内心思った。
目に涙の膜を張って、悲しい表情を浮かべるのも。
いくら外法の身に片足を突っ込もうとシズクはもう死人ではなく、今を生きてる。他の約束を選んで、シカマルとの約束を棒に降るというのも納得できる話ではない。

「わ、私は」

顔を真っ赤にしたシズクがちいさな、上擦った声で答えた。

「シカマルが大好き。シカマルの隣で一緒に生きたいし、お嫁さんになってそばで支えたいし……その……いつか、シカマルと家族も、つ、つくりたい…し…………」

聞いていればこちらまで茹で蛸のようになってしまいそうだった。

「……いつかナルトが火影を継ぐときはさ、きっとシカマルが側で支えることになるでしょ?ナルトは強いけど頭使う仕事は苦手だし」

「……まあ そうなんだろうな」

「そのときにはシカマルのことを支えたい。たとえば、その まずは今雨隠れに任務に行って、帰ってきたら里で働いて、最終的にシカマルのお嫁さんになるとか」

「くっ……!」

あんまり可笑しくて、シカマルは笑ってしまった。

「な、何で笑うの」

「それだとオレは一体何年待たされんだ?」

聞くなりシズクは赤ら顔を消し、また泣き出しそうな表情に戻る。ごめん、わからない。そう呟いて。

「ごめん。これ以上シカマルに、私のわがままに付き合ってもらうわけには――――――っ!」

会話を遮ってシカマルはシズクの手首を掴み、もう反対の手で肩へ伸ばす。距離をゼロに縮めた己の体を前倒しにすると、相手の体も自然と後ろに倒れて。蝋灯りがゆらゆらと、扇のように床に広がるシズクの髪を照らした。
組み敷かれたシズクは かげを落とすシカマルの顔を仰ぎ見た。そこには怒りの色はなく、余裕綽々という感じである。

「そこはオレの意見を聞いとけよ、さすがに」

「……!」

呆れたようにまた笑うと、シカマルはシズクの寝間着の襟を指でなぞった。行為の予感にシズクは肩を強張らせたが、指先は肌ではなく、首に下げられている金属チェーンを掬う。シャランと外した後、シカマルはシズクの左手を取った。

「無事里に帰ってきたら、そんときは薬指にはめてやる」

めんどくせー が口癖。
厳格な両親に育てられた故かその実、案外律儀で、シカマルは約束は破らない男である。 

「……シカマルはどう思う……?」

「そうだな……木ノ葉と雨が新しく協定を結ぶ必要があんだろ 相互連携も含めた内容で。そんで、友好の証として援助支援の忍が派遣されるとする。まあ、二年が常套な期間だろうな。隣国だし、一年に一度くらいなら自里に報告がてら帰れんだろ」

「……いいの?」

「いいわけあるかよ。めんどくせーけど、約束ケられるのは慣れてんだこっちは。優先順位変更すんなら考えてやるよ」

左手薬指へ埋まった冷たい金属の感触に、シズクは涙をこぼした。シカマルはシズクの涙を拭うとゆっくりに覆い被さり、重なる影。

忍隠れ里において人は、
親である前に
子である前に
男である前に
女である前に、忍。

忍が心を持たない武器、その時代は終わる。からっぽにされていた器は愛で満たされる。
これからは、忍である前に心を持つ人である時代が作られていく。
幼い頃より一緒だった二人は、天にあっては比翼の鳥、地にあっては連理の枝。離れることはなく約束は契られた。

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